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読書会

心感覚読書会05~W@仕様~ #2

やりました。
心感覚読書会。

通算では5回目となる読書会。
この度はW@仕様の第2回です。

島崎にこんな感想がありました。
心感覚を読んでみて・・・

  • モヤモヤしてる
  • 素朴な問いがでてきた
  • 深めたい

とのこと。そして

  • 心感覚、オールゼロ化感覚を(疑似)体験してみたい・・・
  • まずは、脳で理解(脳に正しい絶望をさせる)することが先?
  • 心感覚を読みました。その感覚は読書会では得れる?主催者はこの感覚を得てる?
  • 会社で社員教育、研修の企画をしてみたい。読書会では何か掴める?

のような疑問や要望がありましたので、難解なところもありながらのチャレンジで臨む開催です。

zoomで1時間。
テーマを絞って取り組みました。

整理がてら振り返ってみたいと思います。

1.何が抽象的で何が具体的か

あなたにはこのような経験はありませんか?「具体的には?」と尋ねられたときに、あなたは答える立場にあります。

「はい」と言った場合。

はいと言ったら問題となる場合があります。相手の望む具体的な条件を分からないうちは、はいと言わない方が良いでしょう。

「いいえ」と言った場合。

いいえと言ったらそれもまた問題となりそうです。極めて具体的なのに、いいえと言うことは正しくありません。いいえとは言わない方が良いわけです。

相手が要望する具体的の条件を分からない中では「はい」と言って具体的に言ったにも関わらずお相手にとっては未だ抽象的なままで終わり問題を残してしまい、お相手がイメージする具体的の条件を分かってしまえば極めて具体的に答えられるので「いいえ」と言ってしまうのも実情とは違うので問題となり、一体この場合は「はい」と言えばいいのか「いいえ」と言えばいいのか悩むところです。

問われているのは「具体的には?」です。
これに対して、どう応えますか?

人間を試される一つの場面。
面白くも悩むシーンではないでしょうか?

2.理解する力。論理とイメージ

親が思うほど子どもは学んでくれない。
上司が思うほど部下は学んでくれない。

教える側と学ぶ側の格差はつきものです。

営業マンの感覚は営業マンのもの。営業の話は営業感覚でのみ理解可能ですし、教えることも学ぶことも進みます。SEさんであっても、営業感覚であれば話が通じます。

SEの感覚はSEのもの。SEの話であればSE感覚だから理解可能ですが、そうでなくては教えることも学ぶことにも重みが増して、嫌々向き合ったり、苦手意識を蓄積するなどして中々身に付きません。

仕事でよく見かけませんか?

営業がとってきた仕事にSEが着手するシーンは一定以上の企業規模や事業規模であれば普通に見かけますが、営業の言い分とSEの言い分がいつも噛み合わない現場に出くわしますね。

感覚が違うからです。

では今までにない感覚を得ようとするのであれば、その感覚をどのように得るのでしょう?

感覚に任せてはいけません。
感覚的に、何となく、では身に付きません。

理解です。
理解する力。

論理とイメージによって、理解に至る道。この度はその威力を肌で感じました。

知恵の輪
絡まっている知恵の輪

知恵の輪です。

恐らくは誰もが一度や二度は目にしたことがあるであろう知恵の輪。この記事を読んでいるあなたも外そうと試みたことがあるかも知れないでしょうし、その時に幸運にも外せたかも知れません。

外した知恵の輪
外れている知恵の輪

さてこの知恵の輪。

再度、絡ませたものが目の前に現れたとき。

絡ませた知恵の輪
再び絡ませた知恵の輪

正しい解法があるらきしことには気付きます。それを自分が直ぐにできるか・・・

直ぐに外せるだろうか?
次は何秒かかるだろうか?

実は外れている知恵の輪
重なっているだけの外れている知恵の輪

理解する力とは何でしょう?

無駄な時間を省けます。
必要な修練のみに没入できます。

3.無意識エンジン発見

変わりたいと思うことがあります。
変われないことを気付くからこそ。

同じことを繰り返していると気付くとき、変わりたい意志が芽生えますが、気付かないならば変化意志は養われません。

そして、普通は気付かないものです。
無意識のエンジンが働くからです。

無意識のエンジンが働いていることで実は、同じことを繰り返してしまい、しかも同じことを繰り返していると中々気付きません。

無意識のエンジンを発見した人。
その彼によるシェアがありました。

無意識エンジンを発見している人は気付く周期が早い。普通なら2,3年しても気付かないことはざらにありますし、20年経っても40年経っても気付かない人も大勢います。

そんな中で。

1週間の間に
1日の間に
1,2時間あれば

などと何度も気付けるとは何と変化意志を蓄積しているのでしょう!

理解したデジタルの動き。
その恩恵を感じます。

4.vision同盟

全く違う背景をもつ人同士が何かをやるのは、心感覚にある繭と蛹の話からしても、我慢しながら無理矢理に取り組むのでストレスが溜まります。

だけど人間であれば。
チームを組みたい。

vision同盟でありたいと思うでしょう。
この読書会の場を通して再確認します。

本当に必要だ。
5人組が。

一歩前進を確認した読書会でした。

心感覚読書会05~W@仕様~ #2
vision同盟を起こして生まれた場の影響は計り知れない

以上、
整理がてら振り返りました。

心感覚読書会。
またやります。

読んで下さってありがとうございました。

下のタグの内、興味があるモノについても宜しかったらクリックして記事をお読みくださればと思います。

次の記事で会いましょう。

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読書会

心感覚読書会03~W@仕様~ #1

やりました。
心感覚読書会。

通算では3回目となる読書会。
この度はW@仕様の第1回です。

島崎にこんな感想がありました。
心感覚を読んでみて・・・

  • モヤモヤしてる
  • 素朴な問いがでてきた
  • 深めたい

とのこと。そして

  • 心感覚、オールゼロ化感覚を(疑似)体験してみたい・・・
  • まずは、脳で理解(脳に正しい絶望をさせる)することが先?
  • 心感覚を読みました。その感覚は読書会では得れる?主催者はこの感覚を得てる?
  • 会社で社員教育、研修の企画をしてみたい。読書会では何か掴める?

のような疑問や要望がありましたので、難解なところもありながらのチャレンジで臨む開催です。

zoomで1時間。
テーマを絞って取り組みました。

整理がてら振り返ってみたいと思います。

1.選択肢。可能・不可能を超えている?

あなたにはこのような経験はありませんか?「できますか?」と尋ねられたときに、あなたは答える立場にあります。

「できる」と言った場合。

できると言ったら問題が残る場合があります。必ずしもできるとは言えないケースであればできるとは言わない方が良いでしょう。

「できない」と言った場合。

できないと言ったらそれもまた問題です。できない訳ではないから、できないと言ってしまうのは正しくありません。できないとは言わない方が良いでしょう。

「できる」と言っても正確さに欠けるし問題を残してしまい、「できない」と言っても違うことになってしまう場合、一体それを何と言えば良いでしょうか?

問われているのは「できますか?」です。
これに対して、どう応えるか?

人間を試される一つの場面ではないでしょうか?

2.zoom越し。コミュニケーションは?

オンラインによる読書会を企画したことはありませんでした。チャレンジという意味では、開催のスタイルから始まっていました。

対面としてその場に本を持ち寄っての読書会はとてもイメージがつきます。その場で本を開いて直接に本を見せ合うのですから、本を通した交流は生まれやすいものです。

本を持っていない人にとっても、本を持っている人が見せてあげれば良いでしょうし、ページをめくっている間の趣きも伝わり得る何かがあるでしょう。

ですがzoom越しとなればどうでしょう?

コミュニケーションが図れることは分かっていました。読書会としてのコミュニケーションは一体どこまで成り立ち得るのだろうか?

そんな懸念は多少ありました。

ただ身近でも心感覚読書会が開催され、知らないところでも開催されてくると、成り立つものなんだろうとの期待感もあり、やってみると意外にも・・・

できてしまうものですね!

一旦始めてしまうと工夫が起こり出すので、始めてしまうのも一興だと、やってしまうことの良さを強く感じました。

zoom越し。
問題ないです。

3.創りたい。5人組

心感覚読書会は良き道具です。
良好なプラットフォーム。

この場を通して想いを強くしました。やはり創りたいと思うのです。5人組を。

歴史を振り返れば、人間共通の悩みは良好な関係を築くことや生産性の高い組織を創ることにありました。

ですが本当の意味で、良き関係と美しい組織は創れたと言えるでしょうか?周りを見渡してみても、ネットの中を探してみても、この関係をモデルにしたい、この組織をモデルにしたいという今の時代にピッタリのモデルは生まれているでしょうか?

実情はこうでしょう。

その関係も組織も、条件付けのものに過ぎません。ある条件のときにだけ成り立っている条件付き、制限付きという限界を前提としたもの。

条件の外には通用しません。
ところが条件外の方が多い。

未だに世界には、戦争紛争の類があり、食糧危機と飢餓貧困、それから地球環境破壊で人間が2050年に住めなくなる可能性が高い問題があるなど、問題を挙げたらキリがありません。

モデルがないという意味です。
だからこそ、モデルに渇望がある。

そのモデルこそ5人組。
認識方式がまるで変わる。

人類歴史が5人組を渇望している。
これを創りたいと改めて思いました。

心感覚読書会
心感覚読書会。良い場でした

以上、
整理がてら振り返りました。

心感覚読書会。
またやります。

読んで下さってありがとうございました。宜しかったら別の記事をお読みください。

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令和哲学カフェ

面白い。スタバを超えんとする毎日

このところ令和哲学カフェがすこぶる面白い島崎であります。4期に入ってからは哲学者を3人取り上げ、その3人をコネクションしようとする挑戦。ファシリテーターによるチャレンジは毎度毎回美しいのは言うまでもなく、そこに引きつられ或いは追い越さんとする勢いで視聴者たちの掻き立てられる意欲と共に賢さが蓄積されていく美しさがあります。

本記事は後に、哲学者たちを紹介します。

この島崎、人生を振り返ると哲学には何の縁もなく魅力も感じてはおりませんでした。ただ、哲学がない生き方は何か違うなーとは思ってはおりました。それだけに、縁もなく魅力を感じないままは漠然とした不安のようなものは感じていました。

だから機会があれば、哲学が関わるイベントに顔を出したことがあります。そこで何を経験するかと言いますと・・・

難しい
意味不明
怖い
不可解
敷居が高い
使えない

というもの。他にもまだまだあります。これは島崎のみならず多くの日本人が抱く印象ではないかと思います。

ですが、本ブログでは何度かお伝えしている通り、令和哲学カフェは全く違います。4期になって特に強く感じており恐らく5期以降は更にその要素が濃くなる予感がしており個人的にとても楽しみです。

本ブログに何かしら感じてくれているあなた。

本記事に目が留まったあなた。

おススメしておきますので是非、令和哲学カフェをご覧ください。特におススメは、zoomによる顔出し参加、そしてブレークアウトセッションSSMに参加することです。

最近、ブレークアウトセッションSSMにとても意欲があり、この時間は短いながらも濃度の濃い整理整頓が起きることがあり、刺激的。

4期の楽しさ。

毎日1人、哲学者を取り上げ、その哲学的概念を時代背景と共に理解するのですが、その時、再解析するのがとてもスリルがあっておススメ。やはり、存在は存在だけに留まらず時空間あっての存在ですし、哲学的概念であっても哲学者であってもそれを存在としてのイメージとして捉えるなら時空間としてのイメージもある訳でして。この時空間としてのイメージを伴う存在のイメージが抱き合わさったときの爽快感、これを特に共有したくて仕方がなく、今日は本記事を書きたかったわけです。

これは哲学界のパラダイム転換。

まさしくルネサンスの現場。

スタバを超える令和哲学カフェを毎日毎日確認している島崎にはその根拠があります。アンケートにそれを書き綴ることもまた一つの楽しみであり、参加者でありながら作り手としてのアイデンティティも育つのが令和哲学カフェの未来が明るい証なんではないかと個人的に思っています。

島崎個人的には、自ら意欲的に参加姿勢が養われ、そして哲学者たちをコネクションしようとする挑戦に没入している有り様を振り返るに、あー、これは真の教育であるなと、そのような実感を得て、教育効果の高い令和哲学カフェを今後も応援しつつ、作り手としてもスタバを超える令和哲学カフェとして育てていく喜びを蓄積していこうと思っています。

視聴者が賢い企画。

最強最高です。

それでは、取り上げられた哲学者たちを紹介します。これだけの哲学者たちを3人(会によっては4人)コネクションしてきた朝鮮意志を、あなたはどのように感じますか?

下に行くにつれて、4期初回に向かいます。4期は現在進行形です。

本日も読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

【令和哲学カフェ4期で取り上げられた哲学者】

ドゥルーズ←今ここ

ヒューム

ライプニッツ

ドゥルーズ

パルメニデス

フッサール

デカルト

サール

チューリング

ヴィトゲンシュタイン後期

アラン(エミール=オーギュスト・シャルティエ)

ヒルティ

ラッセル

マイケル・サンデル

ミル

ベンサム

ヴィトゲンシュタイン前期

フレーゲ

ソシュール

井上哲次郎

伊藤野枝

大杉栄

ガブリエル

ドナヒッグス

ラッセル

ヴーヴォワール

サルトル

ヘーゲル

荘子

老子

孔子

福沢諭吉

レビナス

ハイデッガー

フッサール

パルメニデス

ハイデッガー

マルクス

ハンナアーレント

ハイデッガー

ルソー←初回

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Noh Jesu

それしかないのにそれがない

それしかないのにそれがない

昔も今も、そう変わらない人間の問題意識のうちの一つに「どう生きれば良いのだろうか?」というのがあろうかと思います。そんな中で、今の時代に特に悩んでおきたいことを紹介しつつ、向き合う良い機会にしたいと思います。

本日のテーマは、「それしかないのにそれがない」です。以下の方に特に読んで欲しい内容です。

  • 現象の問題よりも問題の根源に関心高い
  • 日本ヤバいと思う反面 スゴイとも思う
  • 何を始めたいか分からないが始めたい
  • 具体的な一歩をおススメして欲しい

1.現実の様々な問題

生きていると色々ありますね。

何が色々?
うまくいかない問題が色々と…

幾つか挙げます。

1.1.人間関係

夫婦の間柄はどうでしょうか?
雇用者と被雇用者も意見見解が衝突します。
信じてた人が裏切ることもあります。

1.2.コミュニケーション

意思疎通のズレはよく聞きます。
どんなに言葉を使っても表現不足。
一生懸命聞いても傾聴にならない。

1.3.仲間外れ

ママ友でグループがある。
子どもの仲間外れやいじめ。

1.4.競争

学歴は分かり易いです。
容姿、ルックスは如何でしょう?
仕事では営業成績やライバル会社など。

1.5.基準が分からない

優柔不断で中々選べない。
自分の判断に自信がない。
人の目を気にしてしまう。

1.6.一体どうすれば…

挙げればキリがないほど、他にもたくさんありますね。個人的な課題や身近な関係の課題もあれば、AI(人工知能)による無用者階級の大量生産や、コロナパンデミックによる体の健康/経済の健康/心の健康の破壊、それから地球温暖化による人間が住めなくなる問題などもあります。

これらはお互いに絡み合っている場合も多く、解決したと思っていても別の未解決問題によって、解決済みの問題までが再発してくる場合も多いです。

一体、どこから手を付ければ良いのでしょうか?
全てがスッキリしておりたいものです。

2.根本問題

何か一つを解決したと思っても再発してくる場合や別の何かが問題として顔を出してくるのは、本当の意味で問題は解決していません。

全てがスッキリすること。
問題が解消することでスッキリします。

ところが、再発したり別の問題が出てくるのは、一体どういうことでしょうか?

2.1.草刈り

草刈りの例は分かり易いと思います。

育てたい植物を生かそうとして、雑草を除去したいとします。その処置として、見えている範囲の草だけを刈ったとしますね。

すると目に見えて草はなくなります。
これは雑草を除去したと思えます。

ところが数か月経ってみるとまた雑草が生えていることを確認するでしょう。これは雑草の根っこが生きているために、根っこから再度、雑草が育ってくるために起こる現象です。

草刈りというよりは草むしり。
草は、根こそぎむしり取ること。

これを根本原因と向き合うだとか、根本問題と出会うなどと言ったりするかと思います。それと同じです。全てがスッキリする問題の解消とは、根本問題を発見し、これを解消することです。

2.2.問題が起こる場所

生きていると色々ある問題。
この問題が起こる場所とはどこでしょうか?

草刈りの例でいえば、見える範囲です。
土の中ではなく、土壌よりも上。

目で見て見える場所ですね。
それと同じようなことが言えます。

5感覚のうちの目で見て見える場所、それが現実空間であり、現実で起きている様々な現象。文字通り、現れている感じがしますね。

ここは、草刈りの事例でも分かる通り、常に草が成長してくることに似ていて、絶えず変化し続けている場所です。

条件が変わると、その条件に対応した結果として現象が起こります。ずっと常に変わらない訳ではなく、観察を精密にすればするほど常に常に変化していますので、これを真実として捉えることはできません。真実の対極にある錯覚だということができ、そんな現実を錯覚現実と呼びます。錯覚現実では因果関係が働いており、必ず相対的な世界ですから、錯覚現実相対世界と名付けると、様々な現象や問題を扱いやすくなります。

2.3.様々な問題が一切ない場所

真実はその逆ですね。

条件に寄りません。
そして変わりません。

草刈りの事例で言えば、草ではなく根っこ。絶えず変化する草の世界と違って、常に根っこがあります。更に詳しく迫るのであれば、根っこさえも生むようにさせている全ての背景ですが、話を簡潔にして先に進めますので、別機会に触れることにします。

真実。

それさえあれば、全ての問題は解消され、スッキリ爽快に生きることができそうです。絶えず変化し続けて常に問題に直面し、更には山積し続ける問題ばかりの人生を早く止めたいもの。

どう生きるか悩むよりも
どう生きたいか楽しみたい

それには根本問題から根こそぎ取ること、そして一つひとつの問題も抜き取ることです。

真実。

それさえあれば…

2.3.錯覚現実相対世界にあるもの

今まさに、本記事を読んでいる間にも、あなたは認知はしていないかも知れませんが、1章に触れた1.1.から1.5.までの色々ある問題があなたに起きている可能性が高いですし、1.6.のように、一体どうすれば良いのか分からない状態でいることでしょう。

この現実世界は問題が起こる場所。
錯覚現実相対世界だと上述しました。

この場所には一体、何があるのかというと驚かれるかも知れませんし、強く納得されるかも知れませんが…

色々あります。

これ、と何か一つに絞れない。
直ぐに変化してしまいます。
これ、と思っても直ぐに変化します。

何人かの哲学者たちは変化のことを語っていますし、物理学を筆頭に科学でも変化のことを語ります。

色々あります。
その色々も色々変わります。
変わり方も色々です。

とにかく複雑です。
そんな中、問題が溢れています。

2.4.それ!…が..ない?

色々あることが分かります。
絶えず変化している中で。

するとどうでしょうか?
分からないことも分かります。

いったい何なのか?
色々あります。

だけど、それをそのようにさせている更なる原因が分からない。この目まぐるしい現実を成り立たせている真実とは何か?

真実。
それだけがある。
それしかない。

だからそれさえあれば…と思いますが、色々ある現実にそれはあるのだろうか?

ないんです。

現実にはそれがない。

真実にはそれしかないのにも関わらず、現実にはそれがない!

だから!
困ります。

いったいどうすればいいのでしょうか?

真実。
それだけがある。
それしかない。

だけど、錯覚現実相対世界にはそれがない。だったら、どう生きればいいでしょう!

悩むハズです。
そして、困ります。

現実をどう取り扱いますか?

現実を認めない?

現実を認めないのであれば、現実で生きなくてはならないこの状況とどう向き合えば良いのか分からなくなります。

現実を認める?

現実を認めるのであれば、それしかないのにそれがない状況と向き合い続けなくてはなりません。

現実を認めなくても困りますし、現実を認めても困りますので、一体この困ったことをどうしたものやら…

困ります。

実は、人類は本当はずっと、そんな状態でした。それしかないのにそれがない…だから困っています。

2.5.本当は探したけれど

本ブログに関心を持っていただいているあなたは、実は探したのではありませんか?或いは、今まさに探しているとか。

それを。

それしかないのにそれがない。
だけど、あなたは探していた。

今も探しているからこそ、本ブログに関心を抱き、本記事を読んでいるのだと島崎は思います。

あなたはそれを探している。

3.日本にはそれがあった

話の舞台を少し移します。
今、最もアツいのはこの日本です。

3.1.日本は終わった?日本から始まる?

国内外の多くの人が想っています。
“日本は終わった”

だけど国内外の多くの人は思います。
“日本は何かやる”

日本と言うこの国ほど、理解されがたい国は他にないのではないかと思います。過去を振り返ればまさしくそうでありましょう。

ですが、言います。

最もアツいのが令和日本。
世界を救済する唯一の希望。

如何なることでしょうか?
一体どういうことでしょうか?

3.2.理解されがたい日本

ヒントは、先ほど触れた

“理解されがたい”

にあります。幾つか事例を挙げます。

3.2.1.日本自ら近代化に成功

アフリカもインドも中国も朝鮮も、西洋列強諸国による介入を大きく受け、植民地的な扱いを通して近代化へ向かいます。

それに対して、日本は自ら近代化に成功します。

3.2.2.明治維新の躍進

近代化する日本は、世界を巻き込む戦争の環境下で、アメリカ以外の国に勝利します。西洋入りが一番遅い国が、当時の1,2を争うイギリスやソ連を下しています。

3.2.3.アメリカ空爆

どの国もアメリカを空爆した歴史をもちません。唯一、日本だけがアメリカを空爆し、1年ほどの燃料しかない中で3年以上も戦いを継続しました。

3.2.4.アメリカを恨まない

焼け野原。焼夷弾や史上最悪の原子爆弾を2発も喰らいながら、しかも天皇を低く扱われ、東京裁判に、TVによる教育、経済バブル爆弾など徹底的に弱体化しようとするアメリカを恨まないどころか、寧ろ自らを反省し、アメリカを好きになり、アメリカ以上にアメリカになっています。

3.2.5.パンデミック最中の東京五輪開催

パンデミック最中は世界大戦さえも控えるのが世界だったところ、日本は世界大戦よりも酷い打撃を与えているパンデミック最中に東京五輪を開催。

3.2.6.理解されがたい日本

通常では、とても理解し難い日本です。どう考えても、そして人間の気持ちからして、有り得ない意思決定をしたり、有り得ない成果を収め、有り得ない放棄や、有り得ない自死が起こっています。

3.3.五感覚脳の認識では有り得ない

この有り得なさをどう捉えたら良いでしょうか?意味としては、存在しないことが起きてしまうことであり、現実に起きてしまったときに”有り得ない”などと表現されます。

“存在”と聞くと、前章に重なりませんか?

存在は、草刈りの事例でいうところの目に見えた範囲にある草のこと。すなわち、錯覚現実相対世界で起こる現象のことです。

目で見るから存在を確認します。
脳で認識するから存在します。

有り得ないと思うのは実は、5感覚脳の認識からして有り得ないことであり、錯覚現実相対世界には有り得ないと言うのです。

脳では分からないこと。
脳では理解できない。

脳の感覚にはない。

そんなことを日本はやってのけています。

3.4.全体主義 個人主義の文明では有り得ない

そしてもう一つ。

個人でやっているのではありません。個人主義が主流の西洋文明からみて集団全体が機能することなんて有り得ません。

日本は、個人で動くのではなく、集団で動くことに成功しているので、個人主義の文明からみたら、これがまた理解されません。

一体なぜでしょうか?

3.5.錯覚現実相対世界には居ない日本

その理由こそ、それがあったからに他なりません。それしかないのにそれがなかった現実世界…日本はそんな現実世界に成り立っているのではなく、それしかないそれそのものが日本でありました。

錯覚現実相対世界の外!
脳の感覚の外!

内には日本はいません。
内に全世界がおります。

他の多くの国にも個人にも、それがなかった。日本には、それがあった。ただ、そんなことを脳感覚すなわち五感覚脳の認識ではとらえられないから、よくは分からないが、しかしよく分からない偉大な成果をいつも挙げる日本は、このままでは終わらず、よく分からない何かをやるだろうとの期待を世界は抱いています。

令和の幟が立ち、コロナパンデミックまで起きて、ウシの時代からトラの時代へ推移する今、最もアツいのが令和日本です。

それしかないのにそれがない…

日本にはそれがあった!
さぁ!
令和日本から始まります。

4.令和哲学者Noh Jesu氏の叡智

まさしく叡智。
その話をします。

令和哲学者Noh Jesu氏にまつわる話です。

4.1.歴史最大の大発見

真実にはそれしかないのに現実にはそれがない。実は誰もが皆んな、それを探している本人は現実に居る訳なので、それがない場所。

探しても見つかりようがありません。
これまでもこの先も見つかりません。
実にもう700万年も続いたカクレンボ。

そこに終止符を打ったのが彼です。
彼が発見した世界はまさしく、それ!

アメリカ大陸の発見よりも電子の発見よりも…宇宙の内側にある如何なる未知なる何かであっても…その何かはそれではありません。如何なる何かを発見しても、それは発見できませんし、発見には迫りません。

大発見。
歴史最大です。

彼の勢いは発見に留まりません。その発見を、現実に居る人にはどのように伝達したり共有するのでしょうか?

4.2.歴史最高の偉大な発明

それしかないのに。
現実に居る人…その場所にはそれがない。

どうやって伝達/共有するのでしょうか?

伝達しても伝達されるものではなく、共有したくても共有されるものではないからこそ、現実にはそれがない訳です。

それを発見したからといって、伝達も不可能で、共有も不可能という、それの性質が邪魔をして、結果的にそれの発見は意味がなく、価値などつけようがありません。

まして使うなどと…

それ故に、かつて悟りを得たと言われる聖人や覚者たちは、不立文字/以心伝心などと言いながら表現には注意を払いましたし、伝達や共有には期待しませんでした。

そんな難解な状況。
発見だけでは状況は変わりません。

それを打破する道具の開発。
彼が成功したんです。

如何なる自然言語や数学言語やプログラミング言語があろうとも、それを発見することも出来ないことは勿論、表現や伝達しえる道具にはなりませんし、車や飛行機やロケットであろうと、PCやスマホやAIであろうと、それを運び届ける手段には成り得ませんし、78億人のどの人にも見せてあげることができません。

伝達と共有が可能となり…
使うことまでもが…

こんなこと。

如何に!
偉大な発明なのか!!

4.3.語る。明治維新の完成

前章で、日本にはそれがあったと触れました。何を隠そうこのことを取り上げたのは彼です。

実は偉大な発見はもう一つありました。
それこそ、日本の涙。

それしかないのにそれがない。
日本にはそれがあった。

彼はそのことを強調できる唯一の存在でもあり、彼を通して語られる日本だからこそ、実は日本が流した血と汗と涙があったことが誰にとってもよく分かります。

“明治維新は始まった。だけど終わりがない”
“明治維新の終わり。それは令和維新”
“明治維新の完成は300の藩の統一に始まり300の国(世界)の統一を経て完成する”

まさしく彼こそ、明治維新を完成させるべく先陣切って実践する存在。誰も語ることの出来ない令和維新を、語りながら実現させていく最中にあります。

かつての日本。

それは5感覚を超えた世界。
何となくの感覚で勝負していました。

今まさに、彼は脳感覚を超えた心感覚を明らかにしつつ、それしかないのに現実にはそれがないジレンマも構造ごと明らかにしつつ、方向性を指し示しています。

これが日本の仕事だ”

4.4.勇気。令和哲学者を名乗る

あなたは、令和を世界の人に教えるとき、一体どのように伝達して、令和を共有しますか?

しかも、その伝達/共有が日本そのものを指し示していることは勿論、世界中の全ての概念を圧縮して生まれた結論を超えた美しさをもつ新概念として、表現するだけではなく、伝達と共有してみせますか?

世界に令和を教える。

そのことで、鬱/自殺/殺人がゼロの状態となり、精神文明を切り開いていくという。

令和という文字2つ。
とても深い世界。

これを語る令和哲学者に、島崎はなっても良いですし、その可能性はありました。ですが、実際はなっていません。島崎には自ら令和哲学者を名乗る発想がありませんし、内容も持っていません。

これは私だけでしょうか?

令和を発案した人物は?
日本好きの日本人は?
総理大臣や外務大臣は?
日本を認めているという外国人は?
国内外にいる哲学者たちは?

一体どうして令和哲学者を名乗っていないのでしょうか?ここについて私は、こう思います。

そんな勇気がなかった。
そんな覚悟がなかった。

4.5.大和魂が令和哲学者を使って

内容がないからです。
発見と発明がないからです。

彼にはそれがあった。

歴史最大の発見と偉大な発明があってこそ、冒頭に取り上げた色々ある問題、そして問題の根っこである根本問題、そして根本問題の原因でもある究極の原因を全て、根こそぎ解消してロードマップを描き、一つひとつ、問題を解決する具体的な施策にまでもっていくことをしています。

実際、明治維新を語っています。
そして、令和維新を興します。

国家/民族/宗教の障壁をものともせず、日本を島国で見ることを切に反省しながら、より大きな和に向け大和魂に恥じない実践行動として、令和哲学者を名乗り、平日は毎日、令和哲学カフェを開催し、令和が何であるのかを教えながら、西洋の哲学を理解しつつ今の時代に通用する時代の哲学というポジションを確立しようとしています。

勇気そのもの。
見てみて下さい。

令和哲学カフェ
https://reiwaphilosophy.com/

令和哲学カフェバナー
AI時代の新しい基準点とは?スタバを超える夢をもつ令和哲学カフェ。令和哲学者Noh Jesu氏と共に

令和哲学から見た美しい日本は、それを聞く人の心を魅了し、沈みゆく世界の状況や物質文明の衰退の環境にある今、唯一の希望が令和日本であると言い切っており、この姿勢は1996年から一貫して変わっていません。

このほど、新刊”心感覚(シンかんかく)”を出版。
脳の時代から心の時代を切り開く本。

日本のスゴさに触れたいあなたでしたら、これは手に取るべき一冊。直ぐに購入をおススメします。

心感覚(シンかんかく)
1996年以降 日本の使命を語り続けてきたエキスとの出会いとなりえる一冊

https://www.noh-jesu.com/shinkankaku/

国内外で言われる

“日本は終わった”
“日本は何かやる”

ですが、令和哲学カフェと新刊”心感覚(シンかんかく)”に触れることで、一体どういうことだったのかスッキリ爽快します。

また、時代の状況を真摯に受け止め、山積する課題を解決したいと関心あるあなたでしたら、

ポストコロナon-line会議https://peraichi.com/landing_pages/view/postcovid19/

ポストコロナon-line会議
ポストコロナの時代。教育/経済/政治/文化芸術はどうなっていくのか?大海をさまよう船にとって北極星となりえる企画

でも、彼に出会えるので、zoom参加にて質問してみて下さい。近場では、12月19日19時に開催されます。

それしかないのにそれがない。
そんなそれを伝達し共有する不可能。
それを打開する姿を確認できるでしょう。

5.誰を一番仲間にしたいか?

私、島崎は三国志演義に登場する劉備三兄弟の桃園の誓いや、諸葛孔明を招いた三顧の礼などが大好きです。

そんな出会いをこの時代でもしたい。

5.1.この時代の美しい出会い

あの時代の戦いです。
哀しいことも多かったでしょう。

ただ、この時代の戦いは違います。

振り返ると人生は色々ありました。
確かに問題が色々ありました。
幸せで嬉しいことも色々ありました。

しかし、それとは次元の違う難題が常に私を圧迫してきました。逃れようにも逃れられない苦しさがあり、逃れられないのに逃げたり、戦う相手も分からないのに戦っていました。

彼との出会いで終わった戦い。
そして今は全く違う戦いへと。
本当の仲間を探す。

脳で生きるのか、心で生きるのか。それを選択する1人ひとりの向き合い。それも人類が700万年かけてずっと突破することができなかったことでもあり、初めて向き合わせてくれる現場でもあるので、体人間1人で向き合うのはとてもハードですし、そもそも向き合おうとする主体自体が体人間であってはいけません。

それしかないのにそれがない。

そのことを明確に分かった2人。
その2人と仲間になりたいです。

1人は令和哲学者Noh Jesu氏。
嬉しくも島崎は彼と共にあります。

もう1人が、この記事を読んでいるあなた。本記事を読みながらアツいもんが込みあがっているなら、そのあなたと、島崎は仲間になりたい。

桃園の誓いと三顧の礼を超える出会い。
あなたとはそれをしたいです。

5.2.時代が欲する5人組

今までは仲間といえば、パートナー関係が主流でした。男なら女、女なら男。基本は生存活動を土台にした生命的な家族がそれです。

今の時代は課題が変わっています。

精神活動としての精神的な家族。
これが真に求められています。

パートナー関係は、更に進化して今から向き合うのは5人組。体が5つ集まる5人組ではなく、源泉動きだけがあることを悟り知った存在が更に一つとなり、精神的一体感として機能できる真の組織。

真の意思決定構造の体現。

5.3.SAMURAI結成式

明治維新のときにあった日本の意思決定構造。今はもう、アメリカによって日本の意志決定構造は破壊されてしまっていますが、根本問題と出会い、原因から設計しなおす真の意思決定構造を具現化する動きが令和日本で興っています。

令和哲学者Noh Jesu氏の呼びかけ。

宇宙全ての存在を存在させ、その存在を変化 運動 移動させる源泉動きを活用する時代。源泉動きだけがあることを分かった存在たちが結束する現場として1000人のSAMURAIに呼びかけています。

島崎自身はこれに参加します。

心アツくなったあなたも是非。探しても現実では見つからないそれ。見つかるどころか具現化していく現場を共にしましょう。

あなたと5人組になれること。
心から楽しみにしています。

6.ご確認を!NohJesu nTech マスター1Day

本記事の肝はこれ。
“それしかないのにそれがない”

本当に困ったことでありました。
しかし今はもう違います。

かつて日本にはあった。
だけど物語は続きます。

未だかつてないそれを!
今から興しましょう!!

歓喜極まりない叫びをあげるかも知れません。実際、それは1人ひとり着実に増えています。その様子を確認してください。

あなたもまた歓喜の叫びを。

読んで下さってありがとうございました。宜しかったら別の記事もお読みください。

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イベント

絶望シミュレーションワークショップ

令和哲学者Noh Jesu氏による絶望シミュレーションワークショップに参加してきました。

最初から貴重な内容。

世界的知性のユバル・ノア・ハラリ氏によるサピエンス全史とホモデウスの内容を引用して、人類歴史がどういう脈絡をもって今現在にまで至っているのかを整理しました。

これだけでも大層価値が高い。

世界的にヒットした著者ですが、内容は非常に難解で、一体何を書いているのか分からない人も大勢いると聞きます。

キーワードに沿って整理していました。
とても分かりやすいものでした。

特に印象的であったのは、虚構。
ホモサピエンスの繁栄には虚構があったと。

まさしく現代に同じことが言えます。
nTechとも非常に相性の良い言葉。

そこから絶望を語るワークショップがあります。3分間の時間で、78億人にとって如何に絶望であるのかを訴えるトークバトル。トーナメント式で勝ち上がってくるというもの。

勝ち負けも話し合いで決めるという。
公開的な基準がなく独特な決め方。

それにしても絶望とは何でしょう?

理解するという観点から絶望を整理している人は世界にどのくらいいるでしょうか?理解とはスゴイもので、理解できてしまったら、必ず前進が起こりますから、絶望を理解するの意味は絶望を撲滅するという意味でもあります。

それも正しい絶望であり、究極の絶望。
そんなことの理解を済ませてしまうという。

体人間としての体験経験からくる絶望は正しい絶望でもなければ究極の絶望でもない。特に、体人間として体験経験するまでの前段階に関する関心を寄せていないことは大変に致命的であるというガイドには頷きました。

どういうことか?

自分の見てる認識画面と全く同じ認識画面を見ている人は一人もいません。1分も1秒も、見てくれていない。

そのことをどう思うか。

このことに関心がないまま、彼氏彼女に振られたとか、子どもが亡くなったとか言っても、罠に掛かった動物のように前進すればするほど罠が深く食い込むかのように苦しみや悩みが増すどころか、絶望の突破には少しも影響が及ばないという事実。

苦しみや悩みだけが深まり。
絶望は晴れないという。
寧ろ繰り返すという。

絶望を構造で理解すること。
これはとても大切なこと。

78億人に共通する絶望の構造とは如何なるものでしょうか?そして、思惟することで到達する哲学的な絶望とは如何なるものでしょうか?

ぜひあなたもそこに思いを寄せてみてください。

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令和哲学カフェ

東京五輪。開催決定!ならば…

来月開催が決定している東京五輪。国民の8割が反対しておりメディアを中心として日常生活としてもイマイチ盛り上がりに欠ける東京五輪。この時に一体、何を議論して、どの方向へ全体として向かうべきなのでしょうか?

本日のテーマは、「東京五輪。開催決定!ならば…」です。

1.開催の是非。令和哲学カフェで実施

昨日6月23日の令和哲学カフェでは、東京五輪の開催の是非を問う徹底討論をやっていました。特別企画として令和哲学者が発案したものです。

反対派2人。
賛成派2人。

それぞれが多様な観点によって主義主張を展開し、相手を説得または視聴者へ訴えかけていました。

令和哲学者の特別の計らいで一般公開です。

本ブログを好んでくれているあなたには是非、見て欲しいです。スピード感あふれる論理展開と、賛成派にも同意したくなるし、反対派にも同意したくなる心理が浮き上がるかも知れません。

いったい、賛否が分かれる問題を。
どのようにまとめあげるのでしょうか?

2.令和哲学者の見解

令和哲学者Noh Jesu氏の見解は衝撃でした。
その議論は終わったという前提。

そして、早く次のステージへ移動するべき。

順に追っていきます。

令和哲学カフェで行われたのは徹底討論でした。開催の賛成派2人と反対派2人が、順番交互に主義主張を展開します。それも多様な観点から言い放たれる論理展開です。

特筆すべき点ですが。
どちらの論理にも理解納得がいく。

3,4周ほど回ってからのこと。

令和哲学者Noh Jesu氏が介入します。
まずナビゲーター役に振ります。

“どんな質問を投げてみたいですか?”

荒牧氏が、彼の見立てを語ります。
まさしく今の日本の縮図であると。

反対派は、「うっせぇうっせぇうっせぇわ」の状態で、どうあってもお前の話は聞きたくないという不信状態が凄まじい。

“不信の根っこは何だと思いますか?”

と尋ねながらNoh先生が解説。今は、全世界を取り巻く勢いで科学技術に対する不信、西洋発の学問に対する不信があるとのこと。

ワクチンの機能
ワクチン接種
効果の有る無し
副作用の有る無し
・・・
・・・

同じ学問を学んでおきながら、四方八方で言われていることも違うし見解も違うし現れてくる結果も違う。

科学技術に対する不信が露わになっていると。

そんな不信状態の人のNoを説得してYesへとひっくり返さないといけないのだけど、それが出来ないままに次へ行ってしまう。本当は、賛成派の人たちも、反対派の人たちの不信を信頼へ、不安を安心へとひっくり返さないといけないのに、それができないから格差が広がり結果的にダメージを受けてしまう。

それよりも何よりも重要なこと。

実は、反対といって開催を止めるようにさせる現実力を反対派の人たちはもっているのか、という問題提起でした。既にもう、総理大臣は元よりG7レベルでも開催が決定している状態になっており、日本国内にはもう、その流れを止めるようにさせる現実力をもっている組織はないとのこと。

実際、そうですね。
本当、そうですね。

3.問題発見。論争の中心軸を移動

Noh先生の主義主張にハッとします。

現実力をもたない人たちが未だに反対といって流れを開催中止にできる時期はもう過ぎているために、開催するしかない状態。

確かにそうですよね。
一体だれがなし得るのでしょうか?

既にそんな実践力がなかったからこそ、菅総理大臣がG7で発言するようになっているのでしょうし、日本のリーダーが方向性を示したのだから、少なくとも日本のフォローはその方向性に全力を投じるべきなのでしょう。

Noh先生はそのように言います。

賛否が分かれるような、開催の是非を問う議論ができるタイミングはもう終わったので、そのステージでの論争ではなく、次のステージへと早く移動しましょう、と。

反対派であったとしても。
開催はするんですよ、と。

そこで次に議論すべきテーマが上がります。

4.議論すべきテーマ

開催はされます。であれば、その開催を一体どのようにやるのか、という点。そこで両極をイメージしてしまおうというもの。

最悪のやり方とは何か?そして最悪の結果物とは一体何なのか?
最高のやり方とは何か?そして最高の結果物とは一体何なのか?

これについて論争するときだ、と。

一番、最悪のときのイメージが明確にできてしまうこと。そして同時に、一番最高のときのイメージを明確にできてしまうこと。これらを皆んなが分かってしまうことで、日本は必ず動くから、まずは、そのような論争が起きて一番最悪なときと一番最高な時をイメージしてみましょうという。

素晴らしいアイデアだと思いました。

5.問われる参加姿勢

昨日6月23日の令和哲学カフェ特別企画に続き、本日6月24日もまた続編ということで、昨日のテーマから中心軸を移動させて、次なるテーマで徹底討論するようです。

開催はする。

では最悪の時のイメージと、最高の時のイメージをそれぞれできるためには、一体どう向き合えば良いものでしょうか?

Noh先生の言葉がまたも光ります。

“善と悪がある。今だったら善を選択するのは難しくない。善は簡単。だけど、全の中でも99.99…%と100%がある。それを見分ける繊細な心が必要”

どうですか?
これ。

令和哲学カフェ第3期の初日。
まさしく被る内容でした。

一体なにが最悪なのか?
一体なにが最善なのか?

究極としての、最悪を最善へとひっくり返せるのであれば、ミッションのある日本であれば瞬時に反応する気配を感じます。

まさしく日本の仕事。
令和日本の使命。

6.未来を決める令和日本

Noh Jesu氏はいつも言います。
このテーマでも言っています。

日本には使命がある。
日本にしかできない仕事がある。

聞けば聞くほど深みを帯びて聞ける言葉です。島崎はまさしくそのように思っています。世界との対比で日本を見る時、特に日本を一つの文明で見る時、それが浮き彫りになると思います。

来月7月18日には、グローバルトゥルーサーズをやりますが、そこでは真実を究明する哲学者たちが世界から集まる一大イベントをやります。

https://truthers.jp

Noh Jesu氏も参加。
ぜひ確認してみて下さい。

日本の仕事、日本の使命、日本文明の底力。世界との比較、文明歴史の脈絡からみて、本ブログを好んでくれているあなたからしたら、感動深まるかと思います。

7.おススメ。令和哲学カフェ

今晩、やります。
令和哲学カフェ。

特別企画の続編。
おススメです。

令和哲学カフェ特別企画続編 徹底討論。東京五輪 最悪をイメージし最高をイメージできるか?

間違いなく日本で最先端の議論の場であり、世界の知性が光り輝いた現場となっていることでしょう。

だからこそあなたにはその現場にいて欲しい。

http://reiwaphilosophy.com/?p=8275

日本列島があなたなのではなく、あなたこそが令和日本。Noh Jesu氏はいつもそのように言います。

zoom参加とYouTube視聴参加があります。

ぜひ、お好みの方を選択して参加してください。ちなみに本日、島崎は運営スタッフです。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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令和哲学カフェ

東京五輪。危機かチャンスか

令和哲学カフェ特別企画として急遽、行われた徹底討論。と来月開催される東京五輪について、未だに日本国内はまだ悶々としたムードに包まれ、中々に晴れる兆しは見られませんね。

8割の国民は開催を反対しているとか。
開催を押し切ったのは一部の人だとか。

色んな話が出ています。

賛否両論。
意見の分かれるところ。

意思決定や判断が難しいところでしょう。

どこの討論番組でも、観点の違いからくる賛否両論に対してまとめることはしないですし、そもそも討論企画を打とうとすることもないでしょうし。立場ある人ほど、発言を控えるかも知れません。そのくらい、難しい問題でしょう。

問題が難しいのは、複雑に絡み合うからかも知れません。賛成する理由を伝えれば、単に反対派が理解して納得するかと言いますと簡単ではない。では反対する理由を伝えれば、単に賛成派は自説を折り曲げて開催を取りやめる方に向くかというとそうではありません。

双方、たった一つの理由で収まるほどに単純な問題ではなく、理由を挙げたらキリがないくらいに、土台を積み上げて積み上げて、の賛否なのでしょうから、簡単には折れてくれません。

だからといって。

徹底討論の機会を設けないのは如何なものでしょうか?何をどう整理して良いのか分からないにしましても、だからといって向き合わないというのは話が違うと思います。

リテラシー技術がないのであれば。
身に着けるのがよろしいでしょう。

さて、令和哲学カフェではリテラシー技術を活用するからこその特別企画として、東京五輪について徹底討論の後に、これをどう整理すれば良いのかについて、令和哲学者を中心に触れました。

これ、特別に公開されていますので。
ぜひ、以下からご覧になってください。

今、日本に一番必要な映像です。

開催について。

賛成派と反対派に分かれての討論。
どちらも様々な観点から展開します。

2人と2人との4人の間で飛び交う議論。基本的に順番にマイクが自動で回り、時間まで心行くまで出し切ります。

そこで脊髄神経担当であり、
ナビゲーター役の荒牧氏が。

今のこの現場を日本の縮図そのものであると発言。反対派は、うっせぇ うっせぇの状態で聞く耳をもたない不信出発で議論に臨み、賛成派は説得しようと死力を尽くすものの理解を得れる状態も作れず、決め手に欠ける。

そこに令和哲学者が介入。
整理整頓がスゴすぎました。

議論の中心軸が移動していること。

もはや、開催する/開催しないの論争ではなく、次の段階へと移行すること。もう開催することを止めることは不可能であるから、議論の中心は次の段階である開催したとした時の、最悪のやり方と最悪の結果物とはいかなるものかをイメージすることと同時に、最高のやり方と最高の結果物とはいかなるものかをイメージすること、だと言います。日本人は、そのことを明確にイメージできたら、気持ちよく開催の方向へ向かい良い結果を創ろうと動くというものでした。

最悪を選択するよりは最高を選択したいもの。

より良いを追求しだすと終わりがありませんから、より良い、更により良い、そのまた更により良い…という99.99…%に走るのか、それとも最高に良い!…という100%スッキリ爽快に走るのか、という繊細な選択が問われると言います。

99.99…%と100%の違い。
繊細ですよね。

今はまだ日本国内が、開催する/開催しない という議論に巻き込まれていて、既にそのステージは終わっているにも関わらず、現実性の全くない反対を言う人がいます。

当人は気付いていないのでしょう。
そんな人には、どう対応すればよいでしょうか?

「あなたには現実力がないね、実践が足りなかったね、静かにしてね。やるしかないんだよ」と言ってあげることだ、という話に島崎は納得しました。

続きはまた明日の令和哲学カフェでやるそうです。今から続きが気になって仕方ありません。

今日もまた確認しました。

令和哲学カフェはスタバを超えますね。間違いなく。夢に向けて今日もまた一歩、前進したのを確認しました。

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令和哲学カフェ

英雄産業。令和哲学カフェ

明日の令和哲学カフェは、テーマが英雄産業とのこと。本ブログを好んで頂いているあなたでしたら、きっと明日の令和哲学カフェの内容は学びが深く感動するものとなるでしょう。

ぜひ、ご参加を。
https://reiwaphilosophy.com/?p=8204

本日は、テーマ女性性。

ナビゲーターは性を語らせたら他にいないと島崎が思う荒牧氏。そして群を抜いた解析力を誇るNoh Jesu氏との語らいを中心として各神経の観点から議論。

神経は、

副交感神経。
交感神経。
感覚神経。
運動神経。

そして、ナビゲーター役は脊髄神経。
Noh先生が脳神経。

脳神経からは、女性性と男性性とは何かについて定義がされました。男性と女性、そして粒子と波動のイメージを借りて定義された女性性と男性性はnTechを理解している人であれば大変に理解しやすかったですし、量子力学をマスターしている人にとっては理解の助けになるのではないかと思います。

そんな新たな性の概念。
今ここ使うとは?

そんなシブい質問が飛びます。

あなたならどう応えますか?
今ここ使う性とは如何なるものか?

果たして、各神経からはどんな反応があったでしょうか?中々シブい質問に初めは困惑する出演者たちであっても、そのイメージをつかみ取り期待される回答ににじり寄る姿に感動しました。

斬新な回。
性を今ここ使う。

そんなディスカッションで深まる女性性でした。そんな女性性を積極的に活用していくライフスタイルとはどのようなものでしょうか?そして、令和哲学カフェでは英雄産業を誕生させる夢があります。

明日のテーマがまさしく英雄産業。
来てほしいと心の叫びをあげるNoh先生。

きっと明日はまた凄まじいものと出会うのだろうと今から楽しみです。ぜひ、明日の令和哲学カフェをご覧になってください。

明日6/23(水)のテーマは、「英雄産業」。気合が入るNoh Jesu氏。期待して臨みましょう。

あなたの積極的な参加であればzoom参加をおススメします。これはブレークアウトセッションでディスカッションする機会があり、理解を深める良い機会となります。また、自由で気軽に参加したい方はYouTube配信がおススメです。

期待して明日に臨みましょう。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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令和哲学カフェ

出演。ブックダービー知のB1

3日あれば情報知識の総量が2倍になる時代に向かっています。また人間よりも知能が高いAI(人工知能)が登場してくる中で、溢れる情報知識に人間は溺れてしまいAIが益々重宝され、日に日に尊厳が破壊されている昨今。

世界を救済できる日本。
どう反応するのでしょうか。

情報知識や技術を馬と見立て、今の時代に77億人が読むべき本の順位をnTech令和哲学の観点から決めようとする企画。

ブックダービー知のB1。
出演してきました。

令和哲学カフェの特別企画。

令和哲学者から投げられた質問に出演者は騎手として答えながら馬である本の魅力を伝えるのですが、質問をどのように解釈するのか、それも瞬時に、というところに、スリルや面白みがありました。

瞬発力が問われます。

本の内容をそのまま喋りながら、本の隠された意図やこの時代の切なる願いを結びながら表現することは、並々ならぬバランスが必要で、読み手として、取材者として、編集者として、創作者として、全てが最高最強であることが問われました。

解析力が問われます。

令和哲学者による令和哲学的観点からのジャッジとして、基準点を持っていることというのがありました。ブックダービー知のB1を通して、本を選択すること、本をプレゼンすること、それらを上手くやってのける騎手としての在り方など、まさしく基準点の重要性を感じた場でした。

とても貴重な経験。
面白かったです。

あなたも是非、騎手として、馬と共にブックダービー知のB1に参加してみて下さい。この度、騎手たちが紹介する馬は、どれも素晴らしいものばかりですので、ぜひ5冊ともお読みくださいませ。

著者に感想を送ってあげると、大変喜ばれると思いますので、そちらも合わせてお願いしておきます。

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イベント

令和哲学者のジンと来る一言

イベントTPP。

20周年とは何とも。
素晴らしいの一言です。

やり続けることの力強さを感じました。感動と共に。

いつもいつも令和哲学者Noh Jesu氏は「一つだけがある」と語り、それを1996年以降ずっと言い続けてきていますが、そんな彼が言うからこそ次の言葉にはジンと来るものがあるのでしょう。

「希望だけがある」

正しい絶望の下でこそ。
究極の絶望だからこそ。

深い言葉。
余りにも意味深き言葉。

反転して揺るがない究極の希望だけがあるという。令和日本に嬉しいメッセージでした。

また明日からの令和哲学カフェも楽しみです。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。