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ポストコロナ。分け方を問う

昨年の今頃から新型コロナウイルス感染拡大が徐々に増えていきました。日本国内ではまだまだ危機感はなかったものの世界では中国を筆頭に何か国かで話題に挙がっていました。たった一年で目まぐるしく変化したこの状況は正にパンデミックそのものです。

パンデミックをどう受け止めれば良いでしょうか?
ポストコロナをどう迎えたら良いのでしょうか?

パンデミックが起きることは明らかにライフスタイルが変わります。今までと全く同じように生きることは出来ません。かつてパンデミックが起きた時も、その前後では大きくライフスタイルが変わっています。

人類全体の意識が変わるからです。
個人一人ひとりも変わるからです。

さて、ポストコロナを迎えるにあたり、人間にとって現状からみて重要なことがあります。それが本日のタイトルにある分け方です。

多くの人はこのように分けているでしょう。

国家と国家。
肌の色と肌の色。
イデオロギーとイデオロギー。

他にもありとあらゆる分け方で毎日を送っています。新型コロナウイルス感染拡大を通して、コロナウイルスという点に着目し、体の健康が害される事を恐れていますが、経済のコロナ、そして心のコロナという点を見れずにいます。

実際は経済も心もコロナに侵されています。
このまま行くとどうなると思いますか?

期待しているワクチン開発とその効果ですが、高い確率で期待は裏切られ、新型コロナウイルスの変異や更に脅威のウイルスが登場するかも知れません。

ウイルスの原理や仕組みを分からない。
深層心理として不安恐怖がある。

その状態で、人間同士を分けたり、文明社会の内を分けたりしながら、知っていることで戦い知っていることで争うことをするようになるでしょう。

この際は、そうした分け方を止めるべきです。
ウイルスの原理と仕組みも分かりましょう。

まず、分か方で重要なのは、ウイルスと細胞の間で分けるべきです。ウイルスと細胞が戦っている。勿論、ウイルスの原理と仕組みも、そして細胞の原理と仕組みも分かった上で、その分け方ができます。

そうすることで、パンデミックの危機は逆にライフスタイルの劇的な向上へと化けさせる良き機会となります。

令和哲学が貢献できます。
nTechが貢献します。

この際は良き機会としましょう。

新しいライフスタイルへ向かう良き機会へと化ける手前に起きたパンデミックの最中。

変化の時です。

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情報 知識 技術から理解の特異点を修める時代へ

AI(人工知能)を代表として科学技術の進化発展はすさまじい早さで進んでおり日進月歩と表現されていますね。正に日に日に、という世界です。つい先日まで正しかったことでも、今日にはもう間違っていることが起こり得ます。情報 知識 技術の早さ故に判断を誤ることが出てきています。

どのように取捨選択すればよいのでしょうか?

また、新型コロナウイルスが登場し、感染拡大と共に世界は騒然としており2020年10月5日現在も収まりを見せていません。ウイルスについてまだまだ知らないことが多いということが露呈し、ウイルスのみならず、社会をどう前進させるか、経済活動をどう安定させるかなど、至るところで難しい判断が迫られました。

どのように意思決定すればよいのでしょうか?

今の時代、特に令和の幟が立っている日本では、特に重要なテーマです。

一昔前でしたら定まった答えが確固としてあったり、あるやり方に取り組んでいれば高い成果物を得たりしていました。

ところが今ではそうもいきません。
多くの人は答えはないと思っています。

確かに、この激しすぎる動きの中で確固たる答えは意味をなさないでしょう。ですが、答えがないとまで言い切るのには何か根拠があるのでしょうか?

あなたはどうですか?

答えはない、と思うならその根拠はありますか?その根拠自体は揺らいだりしませんか?激しすぎる変化の中で。

実は、答えはないという話ではありません。質問に対する答えは明確にあります。ただ、質問自体が変化してしまう時代にあるため、答えまでが変わってしまい、安定的な答えがないと思い違いをしているのでしょう。

質問に対する答えはあります。
それも明確に対応しています。

それで質問が変化していくときも同様です。全く因果関係のない質問へと変化するのではなく、早すぎて捉えずらいけど必ず質問と質問の間には因果関係が働いています。

その関係には一定のルールがあります。
目で見ることが困難な領域で。

言いたいこと。
答えはあります。

そして、そのようになっている原因、更に原因、そのまた原因と引いて引いてこれ以上もう引くことができないくらいにまで引いたとき、一点と出会います。

その一点と出会うこと。
理解の特異点と出会うこと。

理解の特異点。
たったその一点。

理解していれば、その他全ての現象は理解できてしまいます。例えば、nTech基礎理解28項目などがあります。

技術的特異点を迎えようとする人類。
今は理解の特異点へと向かうとき。

これは人類77億人、皆んながみんな、通過するべき一点、理解するべき一点。早いか遅いかの問題。あなたは是非、出会われて下さい。

理解の特異点。

突破したらスッキリ爽快です。

新しいライフスタイルを始めましょう。新しい文明を築いていきましょう。

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情報過多の現代。熟慮し、深く洞察したいが

神・王様を中心とする全体主義の時代から、個人一人ひとりが自由に主義主張する個人主義の時代へと移動してからというもの、産業革命やIT革命、そしてスマート革命からAI革命の助けもあり、情報過多となってしまった現代。

溢れる情報を生かすべく、迂闊な考えや目先の観察で終わりたくないもの。

1.情報過多の時代

神・王様を中心として全てを整理していた全体主義の時代は、全ての意思決定や判断は神・王様によって行われていました。だから、主義主張するのは基本的には神・王様のみですので、世に溢れる情報はその程度の量に収まります。

そして全体主義の時代にNoを言って歴史が進みました。個人主義の時代に突入します。個人一人ひとりが自由に主義主張をして良い時代です。

その土台の上に、産業革命の恩恵を受けて車や船や飛行機など移動も活発に行われますし、IT革命の恩恵を受けてあらゆるものがデジタル化されて情報そのものの記録や伝達が盛んになり、更にスマート革命により誰もが皆んな情報データを入出力をして、更にAI革命により、全てが情報データ化され、ビッグデータから様々な意思決定や判断に価値が置かれるようになっています。

あちらこちらに主義主張が溢れ、情報データのないところがない時代。COVID-19までが登場し、多くの人が情報過多を肌で感じるようになっているのではないでしょうか?

2.立ち位置や関係で変わる意味や価値

情報過多に翻弄されることもあります。

一体、何が正しくて、何が間違っているのでしょうか?一つひとつの情報データとどのように向き合えば良いのか、判断は難しいものです。

また、社会全体はどこに向かえば良いのでしょうか?色んな人の色んな意見見解があると、COVID-19の状況でも、ロックダウンをするのが良いのか、それともしない方が良いのかについても、それこそ多種多様な意見があり、社会全体はどこに向かえば良いのか皆目見当がつきません。

同じ情報データに出会ったとしても、立ち位置や関係によって全く意味合いや価値が変わってしまうことを経験していませんか?

日本国内のCOVID-19にまつわる死者数の情報データと、政権与党が出会う場合と、野党が出会う場合とでは全く意味合いや価値が変わるでしょうし、感染症の専門家たちが出会う場合と、飲食店経営者が出会う場合とでは、これも意味合いや価値が変わってくるかと思います。

何が正しくて、何が間違っているのか?

3.方向性喪失

個人一人ひとりが見る方向性と、家族家庭単位で見る方向性が違うことをよく経験するように、他にも各地域が見る方向性、そして国家全体が見る方向性、世界全体が見る方向性もそれぞれが皆んな、バラバラで違ったりします。

そして、何が違って、何が正しくて、という正誤の判断も、1か月前と今と1か月後とではそれぞれ違ってきたりする時代です。

時代や社会が元々その傾向に入っていたところに更に、変異して進化するCOVID-19が現れていますから、しっちゃかめっちゃかになりやすいのは当然です。

今、多くの人が同時に感じているのは、方向性が見えないことではないでしょうか?終わりが見えないことではないでしょうか?

4.熟慮。そして洞察

物事の正誤の判断も難しく、例え判断したとしても直ぐにでも変異してしまう社会。この社会全体の量子力学的な状態を前にして、個人一人ひとりはどのようになりやすいのか?

情報過多に晒される個人。
熟慮したいし洞察したいでしょう。

意思決定や価値判断をシャープに。
そして始まりを終わりを見て。
一致団結で全力勝負したいでしょう。

ところが。

そこから最も遠いところに、個人は向かっているのが現状ではないでしょうか?

今、選挙を通して政治に参加する若者が少なくなっているように、一人そしてまた一人と、熟慮し洞察することを諦める人が増えているかと思います。

他人任せ。
他力本願。

考えが浅く、観察も安易。
マネージメント路線に向かいやすい。

5.シブい質問

そうはいっても情報過多。
それが現実です。

意思決定はせねばなりません。
価値判断もしたいところです。

では一人ひとりはどうすれば良いでしょうか?

かつて、サムライが生き生きしていた日本は、熟慮し深く洞察することが世界で最も優秀な集団でした。

本来、日本はそうです。

その時を思い出し、その時以上の広さと深さと緻密さをもって、情報過多に出会いましょう。

答えを探すのではなく質問を放つのです。

一つひとつの方向性に出会うのではなく、シブい質問と出会い、その質問と向き合う姿勢こそ大切に付き合うようにします。

そんな質問を紹介します。

質 問
考えの出発点(思考の根拠)

観察の出発点(観察の根拠)とは?

今、世界は3つのパーフェクトストームに晒され、情報過多も凄まじいものがあります。ぜひ、シブい質問を放ち、その質問に真摯に向き合う人たちと協力関係を築き、勢力を作り上げて下さい。

英雄集団日本へと一歩。
前進しましょう。

読んで下さって有り難うございます。

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私の人生のはずなのに

人生は一度きりだから、思う存分に自分の人生を楽しみたいと誰もが皆んな思っている筈です。そういう話を一度や二度ならず聞いたこともあるでしょう。ですが、頭では分かっても腑に落ちない、心に染みないことも多いのではないでしょうか?

1.自由に選択

今の時代は選択肢が豊かな時代です。
昔と比べてみるとよく分かります。

採集をしていた時代になってみます。

あなたは何を食べますか?
食べるために何処に行きますか?

その時の選択肢は幾つあるでしょうか?
メニューや素材を想像してみて下さい。

採集から狩猟の時代になります。

何を食べますか?
食べるために何処に行きますか?

メニューや素材など選択肢は広がります。

更には農業の時代になります。

この時は、料理の幅が広がりますね。

そして、時代は産業社会から今の時代へと推移するに連れて選択肢は急速に増えだします。今では、地球の裏側で定番のメニューに有り付くこともできます。

昔に比べると選択肢は圧倒的に増えており、その中から選ぶ権利ももたらされているので自由に選ぶことができます。

自由に選択しますね。

2.心の自由度は少ない

選択肢は豊富で、意思決定も自由であるはずですが、誰もが皆んな、心の自由度は高いかと言いますと必ずしもそうではないのではないでしょうか?

よくよく見ないと分かりません。
ただ、何となくは感じるのです。

東大に入る選択肢はある筈です。
ですが、自由に入れるでしょうか?

医者になる選択肢はある筈です。
ですが、簡単に医者にはなれません。

意思決定が自由であるにも関わらず、必ずしも現実までが決定の通りに築かれないことにも多く遭遇します。

心では中々思うようにいかない体験もまた、一段と多くなっている現代ではないでしょうか?余りにもその体験ばかりを蓄積し続けるとやがては諦めるようになり、選択肢からも削除されてしまいます。

いつの間にか、です。
選択肢が少なくなっています。

3.一体誰の人生なのか?

一旦、選択肢が削除されてしまうと、徐々に、そして急速に、選択肢は少なくなっていきます。

仕事の選択肢。
友人の選択肢。
趣味の選択肢。
会話の選択肢。
時間の使い方。
お金の使い方。
未来の描き方。

他にもあらゆることで、選択肢は狭いものになっています。余りにも狭すぎて、窮屈な中でも何かを見つけては選ばないといけないことも出てきます。

自由に選択したい心からすれば、随分と窮屈で、決して心が満たされない選択を迫られます。

ある時、このように思うでしょう。

何でこんなことをしなくてはいけないのか?
いつまでやらされないといけないのか?

自分の人生の筈ですが、まるで自分の人生でないかのようにさえ思えてきます。やがて、与えられた選択肢は、自分が用意した選択肢ではないことに気付く人も生まれてくるでしょう。

与えられた選択肢から選ぶ。
それが自由なのか?

4.抱きかかえて欲しい質問

本記事に共感する人にとっては特に抱えて頂きたい質問があります。その質問と共に生きることをお勧めします。

また、本記事にキョトンとされる方には是非、この質問を持ち帰り、身近にいる人に尋ねてみて下さい。質問に真摯に答える方がいらっしゃったら是非、その人は大切にされると良いです。

質 問
「真の人生はゲームチェンジからやっと始められる。その理由とは?」

私の人生のはずなのに、一体どうして?

そのように思われる方にはとても意味が深く、価値が高い質問へと化け続けていくことでしょう。

読んで下さって有り難うございました。

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当たり前を疑う人はいない

当たり前のことを疑う人はほとんどいません。特に、当たり前すぎることほど、疑う人は皆無です。しかし、この当たり前そのものが変化して全く違う当たり前になってしまうことの可能性が全く無いという話ではありませんよね。

歴史を振り返っても確認できます。

1.地球は動かないのが当たり前

昔々、人間は天地をどのように見ていたかと言いますと、地球が固定していて、長い時間をかけて天の星々が地球の周りを回ると思っていました。

思っていたというよりは当たり前のことで、数ある当たり前の中でも極めて当たり前すぎる当たり前でした。

ですが、事実は違いました。
人間の観測とは違いました。

実際は、太陽の周りを地球が回っており、そして地球自身も自ら回っているというものでした。

文字通り天地がひっくり返ります。
その時の衝撃はいかほどでしょうか?

地球は動かないのが当たり前でした。

2.日常生活に見る当たり前

実は、天地がひっくり返る衝撃。
これが、文明の水準を高めます。

では今、日常生活に見る当たり前を探そうとすると、本人にとっては余りにも当たり前すぎるからか、見つけるのに一苦労します。

ここでnTechの出番。
当たり前が変わる。

創始者のNohさんは、このような質問をよく投げます。この質問の意味は簡単。誰もが理解できるでしょう。

「犬が尻尾を振る理由は何ですか?」

意味は理解できるかと思います。
読んだ通りで問題ありません。

ところが質問を受ける側は、きょとんとしてしまうもの。それは当たり前だからではないでしょうか?

ただ。
とても深い質問です。

あなたは、この質問に答えられますか?

3.シブい質問

さて、一つシブい質問を放ちます。
当たり前を借りた質問です。

答えてみて下さい。

質 問
「”犬が尻尾を振る理由”がわかれば自然に幸せになれる。その根拠とは?」

如何でしょうか?

当たり前すぎることを人間は疑いません。ですが、当たり前を疑い、当たり前に疑問を放ち、正しい質問と出会うならば、それまでの常識、それまでの当たり前を全く次元の違う常識や当たり前へと進化するキッカケとなるでしょう。

上に紹介したシブい質問に答えることも同じです。文明の水準を飛躍的に高めることができます。

物質文明から。
精神文明へ。

共に行きましょう。

読んで下さってありがとうございます。