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Noh Jesu

ヒットした言葉

“抽象的な希望を抱くよりも
具体的な絶望を破壊することで”

誰が言ったかって?
令和哲学者Noh Jesu氏です。

島崎は全くそうだと思いました。

抽象的な希望は確かに希望かも知れないです。しかし抽象的。すると、抽象的にぼやけていて明確な希望とは言い難く若しかして時には希望ではなくなっていることもあるのではないか、とそんな余地を残してしまいます。

希望なら希望。
なのに何故?

何故と問いかけるような様々な現象が襲ってきますよね。それらが絶望として襲い掛かるのですけれども如何せん抽象的な希望から来ているために、絶望とも思い難いと言いますか。

絶望がイメージできません。
だから絶望が生き残ります。

絶望を無視して抽象的な希望に走っているからこそ、また希望でなくなるような不透明な状態となり再び絶望を体験してしまうという中途半端な希望。

中途半端であっても。
希望に走りたくなるものです。

それを延々と繰り返し続けるからこそ真にそのループを抜け出るには、抽象的な次元を超えることではないでしょうか。

それこそ具体的な絶望。
それゆえに破壊も可能。

具体的な絶望、それも究極の絶望がイメージできてしまったら、それを破壊することで何が残るのか・・・

希望だけがある。
スッキリわくわくする世界です。

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イベント

令和哲学者のジンと来る一言

イベントTPP。

20周年とは何とも。
素晴らしいの一言です。

やり続けることの力強さを感じました。感動と共に。

いつもいつも令和哲学者Noh Jesu氏は「一つだけがある」と語り、それを1996年以降ずっと言い続けてきていますが、そんな彼が言うからこそ次の言葉にはジンと来るものがあるのでしょう。

「希望だけがある」

正しい絶望の下でこそ。
究極の絶望だからこそ。

深い言葉。
余りにも意味深き言葉。

反転して揺るがない究極の希望だけがあるという。令和日本に嬉しいメッセージでした。

また明日からの令和哲学カフェも楽しみです。

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令和哲学カフェ

今の時代。「役に立ちたい」とは?

1.今の時代とは?

今の時代。
特に令和日本のおいて。

役に立ちたいという想いがありますね。とても聞こえが良いのですが今の時代に照らし合わせながら特に、令和日本において見たときに、聞こえの良い役に立ちたいということは一体どんな意味があるのか、に触れたいと思います。

今の時代とは何でしょうか?

社会を推移させ前進させる技術革命が度々起きている中で今は、AI(人工知能)革命によるAI時代、AI社会に突入しています。農業革命、産業革命、IT革命、スマート革命の下で起きています。

AIが登場しています。

そして令和二年には新型コロナウイルスが登場して全世界を根底から揺さぶっています。文明の底辺から揺るがし世界の知識人は右往左往し、リーダーシップは責任から逃れようとしています。

新型コロナの登場です。

このような時代では量子力学的な世界観が極めて強く、状況によってコロコロと変わっているかのような不透明、不鮮明な時代です。

部分を見るときに特に。
顕著に現れます。

2.全体の動き

部分の動きに関心がある場合は、動きが早すぎてよく分かりません。ところが全体の動きに関心がある場合は、早すぎる動きがどんなに早くとも、全体像として捉え続ける知恵を手にしているので部分を見てるときのように振り切られません。

全体と部分の関係をよく見ます。

さて、役に立ちたいという想いは今までの話の流れの何に対応するでしょうか?

それは、全体ではなく部分という点。
部分的に役に立ちたいということ。

全体を分からないままで、一部分ならよく分かるし、一部分なら発揮できるし、一部分なら着いていけるし、などの発想があるのでしょう。

そして実際、人間は部分を取ります。
全体を取るようには出来ていません。

一部分で良いから、そのポジションで役に立つとか、誰かに認定されたいから役に立ちたちだとか、まるで在るだけでは罪深き存在であるかのように。

誰かの役に立つ。
何かの役に立つ。
これで役に立つ。

全体を見る立ち位置からすると、一部分に収まって役に立ったとしても、全体像からして意味があるかどうかは不明ですし、場合によっては、別の役割の足を引っ張るなどして摩擦衝突が起きてしまいます。

役に立つことが
足を引っ張る

何ともジレンマではありませんか?

令和哲学。全体の動きを理解する良き道具

役に立つということ。
今一度考えてみて下さい。

全体を見ることなしに役に立つなどと、本当の意味で在り得るでしょうか?全体と連携連動が起きていないのに役に立つとは滑稽な話。

今の時代。
特に令和日本。

全体の動きに関心を寄せるときです。
令和哲学は良き道具となるでしょう。

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その他

よく使う言葉。今とは?

「今という時代は〇〇だ」「今まではずっと」「今取り組んでいるところです」「今聞こえているこの音」。多くの場面で使われる言葉「今」について迫ります。

本日のテーマは、「よく使う言葉。今とは?」です。

1.言葉の定義

今という言葉。辞書を借りるところから深めていきましょう。

[名](副詞的にも用いる)
1 過去と未来との境になる時。現在。ただいま。
㋐時間の流れをとらえた瞬間。この時。「今はちょうど一〇時だ」「今は手が離せない」「今考えているところだ」
㋑近い過去から近い未来へ継続している現在の時。目下。「今は学生です」「今も変わらない友情」「桜は今花盛りだ」
2 現代。現今。今の世。「今は科学万能の時代だ」「今の若者」「今はやりのファッション」
3 ごく近い未来。もうすぐに。やがて。じきに。「今終わるから待っていてくれ」「今行きます」
4 ごく近い過去。少し前に。いましがた。さっき。「今の人は誰かしら」「今帰ったところだ」
5 さらに。そのうえ。もう。副詞的に用いる。「今一度考えてみる」「今しばらくの間」「今ひとり参ります」

出典:コトバンク https://kotobank.jp/word/%E4%BB%8A-435769
2020年6月26日参照

とても幅の広い扱いであることが分かります。便利な概念でもあるのでしょう。

2.時間の概念

時間は、時と時の間のことです。

多くの人は時間といえば、流れてるものだと捉えているのではないでしょうか?

「過去があって、現在があって、未来がある」

これはニュートン力学的なモノの見方ですが、過去から現在そして未来へと時が流れていると捉えている方が多いのではないかと思います。

この時の流れを空間を移動する存在の距離で表す先人たちの知恵により、日時計、砂時計、アナログ時計、デジタル時計などの時計という道具を使って、私たち人間は時刻を知ります。

3.時間を必要とする存在

3.1.植物、動物にとっての時間

植物にとって時間は意味はあるでしょうか?ある植物が1年間という時間を知ることで、植物にとって植物ライフはどのような変化があるでしょうか?

たんぽぽやホウレン草。

動物にとって時間は意味があるでしょうか?ある動物が四季の移ろいを知ることで、動物にとって植物ライフはどのような変化があるでしょうか?

お魚や鶏。

条件反射的な感覚で知る世界はあるにしても、認識することで質問を持ち自ら考えることでライフに変化をもたらそうとする存在。

そういう意味では、植物や動物は積極的に時間に取り組みそうにはありません。

3.2.生きる上でなくては困るものの一つ

人間ならば、取り組んでいそうです。

農業社会においては四季の移ろいを知ることや天候の変化を知ることは、今が種を撒くときなのか、収穫を収めるときなのか、人間のライフにとって非常に重要なことですね。

今は何をする時なのか知りたい。

何かをしなければ生きていけない。

人間にとっては、時間を知ることはなくては困る重要なものの一つです。時間は、人間と切り離されたものではなく、人間にとって切っても切り離せないもの。

人間は、時間を必要としている存在です。

4.どう生きるのかを知りたい

農業社会に限らず、時代が下った産業社会でも、IT社会でも、時間概念はより重要さを増しています。

もし今が、産業社会という時にいるのに農業社会の時のような概念をもったり、狩猟採集時代の時のような概念で生きようとしても、時代の中心にはおりませんし場合によっては食べていくこと、生きていくことができません。

生命活動、生存活動がありますから、生きていくには今、何をするべきなのかを知りたいものです。

それは、大きな時代の枠組みだけではなく、季節の移ろいで洋服や家電が変わったり、昼は職場にいるけど夜では自宅にいるなど居場所が変わったり、今から1時間前に考えていたことと、今から1時間後に考えておりたいことが違うなどにも言えることですね。

人間は生きていく上で今、何をするべきか知りたいものです。その時、一つ大きな参考にしたいのが時間という概念であり、今は何をするべきかという人間自身の行動変容や状態変化に生かしたいのでしょう。

時間。

それは人生のことでもあります。
そして人間のことでもあります。

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その他

必要とする理由とは何か?

生きていると何かとこのような状況に遭遇しませんか?必要とする理由に迫られる場合、若しくは必要とする理由を活用したい場合など、色んな場面があるかと思います。

本日のテーマは、「必要とする理由とは何か?」です。

1.言葉「必要」の意味

辞書から引用します。必要とは何でしょうか?

[名・形動]なくてはならないこと。どうしてもしなければならないこと。また、そのさま。「それほど急ぐ必要はない」「必要に迫られて買う」「生活に必要な(の)品々」

出典:goo辞書

冒頭にある、「なくてはならないこと」というところを使って以下、書き綴ろうと思います。

2.隠されてることと共に必要を見る

「なくてはならないこと」とはどういうことでしょうか?ここには暗黙の了解として幾つか隠れているものを探します。

一つは、「自分にとって」ではないでしょうか?自分にとって「なくてはならないこと」です。

一つは、「心」ではないでしょうか?先の「自分にとって」というのと似ていますが、心において「なくてはならないこと」です。

一つは、「その前段階に繰り返されていること」があるのではないでしょうか?前段階でずっと繰り返している状況があって「なくてはならないこと」です。

以上、この三つと抱き合わせて「なくてはならないこと」を見るときに、それまでにずっと繰り返されている状況があって、そんなときの心の状態からしたら、自分にとっては何がなんでも「なくてはならないもの」として新たに生じます。

3.必要とする理由

必要とする理由は、そこに隠されたものが、これ以上にないほど語られたときに、誕生するものです。

参考にしてみて下さい。

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