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Noh Jesu

Noh Jesu。新文明の中心地

あなたの身の回りにはそんな人はいますか?今から新文明が興ろうとするとき、必ずどこか始まりの地がありますね。そんな始まりの地にいる人が、あなたの身の回りにいたら、こんなに幸せなことはないと思いませんか?

本日のテーマは、「Noh Jesu。新文明の中心地」です。

1.文明歴史。多くの人にとって

無関心と思う領域かも知れません。
文明歴史というやつですね。

まさしく宇宙自然と同様に。
一部の人には受けが良いでしょう。

しかし、多くの人によっては無関心で興味を惹かれない領域であることが多いようです。そして、本ブログに関心を寄せて頂いているあなたは、大勢の中というよりは少数の側なのでしょう。

2.興るものには始まりがある

インダス文明は、インダス川流域。
黄河文明は、黄河流域。
イギリス産業革命は、イギリス。
アメリカIT革命は、アメリカ。

大きく見ますと、初めて興るものは必ず始まりがあります。テーマにある新文明という文言は初めて興るものとしてイメージされますので、これは始まりがあり、その中心地があります。

3.興る。何によって?

イギリス産業革命であれば、機械の力の発見によって興りますし、更にはガソリンエンジン、ジェットエンジンなどの発明によって安定的に広がり定着していきます。

発見と発明です。
これによって興ります。

新文明が興るのも然り。
発見と発明です。

4.事実化されて文明歴史

文明歴史を新たに興そうとする人の数よりも、既にある文明歴史に従おうとする人の数の方が圧倒的に多いものです。

人間は社会的な存在。
社会的に生きる姿勢があります。

客観的なものに沿おうとします。
それで事実が大きくモノを言います。

まるで事実が大きな力を持っているかのように、個人一人ひとりはその力に沿って意思決定します。事実化されたものが結果的に文明歴史へと成り代わっていきます。

そうです。

大勢の人は事実に沿います。
文明歴史に従います。

大変に大勢です。
文明歴史は簡単に変化しません。

5.文明歴史を動かす者たち

実に大勢の人に比べて極めて少数の人たちが文明歴史を動かそうと試みました。それはより良く生きようとしてのことですから精神体である人間として当然のことかも知れません。

そして、新しい文明歴史へ変化させようとする人の大半は、今までの旧い文明歴史がどういうものであったのかもよく学び、その特徴をよくつかみますね。

事実です。
大勢が従う事実。

如何に事実をひもとくのか。
そのことで文明歴史の中心軸を移動。

6.事実では無理。脳の観点の結果物

大勢が事実に沿うからといって事実をひもとき、その力を使って大勢の人の方向性を変えようとするのは一見すると分かり易く理にも適っていると思えます。

しかしよく考えてみて下さい。
事実と言いましてもその範囲は?

人間が事実と思うとき、その範囲に太陽を入れる人は余りいませんね。普通は、目の前の事実、或いは目の前でなくとも他の人の目には入る事実だと思っているでしょう。

ところが紛れもなくその事実。
よく見ると地球上の事実です。
そして太陽系の影響を受けます。

太陽系が変化したり、銀河系が変化したり、宇宙が変化したならば、脆くも地球環境下は変化しますから、事実と思っていたそれは簡単に覆ります。

事実と言いましても。
脳の観点に固定している状態。

ですから、条件によってコロコロと変わる錯覚現実相対世界の影響下にあります。それでは、文明歴史を変化させることなどできませんね。

事実では土台無理です。
脳の観点では無理です。

7.突破。Noh Jesu氏

だから偉業だと言えます。
Noh Jesu氏。

彼には発見と発明がありました。
源泉動きの発見と活用する発明。

宇宙すべての存在を存在させ、その存在を変化 運動 移動させる源泉動き。その大発見と活用する大発明。

脳の観点固定に束縛されない。

新しい文明歴史が興る場所。
その中心地。

そして今、その人に生きて会うことができる。
こんなワクワクすることが他にありますか?

ぜひ、あなた。
確認してください。

令和哲学カフェで会えます。
質問もできます。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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令和哲学カフェ

令和哲学者による2021年

令和哲学カフェ質問道場にて令和哲学者が語るコーナーがイチ押しです。印象的な表現を紹介します。

本日は、端的にて。

人類が700万年もの間で最も強調されているこんな年、という表現があれば、一体それは何だと思いますか?

夏の時に冬の仕事をしたらどうなるか?
冬の時に夏の仕事をしたらどうなるか?

変化の仕組みを分からないままでは、一生懸命に何かをやったとしても報われないどころかしっぺ返しがくることを体験されている方も多いと思います。

そのような意味で、です。
令和3年、2021年とはどのような年でしょうか?

真理から見て、この年のエネルギーはこうだと言います。最も寒い時。体感温度や気温のような意味合いではありません。精神的な、意識空間におけるニュアンスで、それを気温で表現したとき、まるで氷河期のように人類歴史上で最も寒くて冷たいときなんだそうです。

そんな時に外に出かけるとどうなりますか?
生存活動の危機はもちろんのこと。
生命活動すら聞きに陥りますね。

外に出かけるのではなく、内に向かうこと。
まさしくその1年であるというのです。

内にむかうこと。
内側を深めること。

それはどういうことなんだと思いますか?

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nTech

啓蒙の必要性

西洋では盛んに啓蒙活動が行われたこともあり、東洋の国々と比べたら形成される勢力に格差が生まれますし、文明にも圧倒的な格差が生まれました。啓蒙活動は主に、自分の置き所はこの体だという個人主義に基づいたものです。

本日のテーマは、「啓蒙の必要性」です。

1.時代背景。全体主義から個人主義へ

農業社会の頃は全体主義でした。
やがて産業社会へと変わります。

このとき、全体主義に対して個人主義へと変化していきますが、その変化が起こる一つのキッカケが啓蒙活動でした。

時代の変わり目は劇的な変化です。
ライフスタイルがまるで変わる。

旧いライフスタイルはストップしてこそ、新しいライフスタイルへと移動できます。劇的な変化が起きる最中では、全体主義を成り立たせている概念が壊れていくプロセスがあります。

全体主義とは何でしょうか?

一人ひとりは今のように引っ越しの自由も結婚の自由も認められていません。全て王様の許可がないといけません。王様と如何に一つになれるのか、それが全体主義です。自分とは一体何でしょうか、との質問があれば、王様を中心とした国家全体だと答えるかも知れません。

それをストップさせてこそ次の時代です。
次の時代とは個人主義ですね。

2.教育。自分とは何か?

自分のことを考えるならば、全体主義のときはそれは王様を指します。自分の幸せや成功を考えるとき、それは王様の幸せや成功を考えるのと同じ意味です。そして、結果的にそれは国家全体が幸せであり成功していると考えていますね。

そんな全体主義が終わります。
そして個人主義が始まります。

では直ぐにでも新しい時代を始められるものでしょうか?フランスで市民革命を起こした人たちが、全く新しいライフスタイルを提案しても、大勢の人たちはまだ、幸せや成功は王様と一つになることであり、国家全体を考える状態です。

王様は確かに権威を失いましたが。
それは自分の権威を失うようなもの。

王様のために生きてきた今までが根強く残っているものですから、自分のためといっても直ぐには始められません。

そこで教育が必要となります。

王様が自分ではないという教育。
王様ではない自分とは何者なのか。

個人主義が始まった頃は、自分とは王様ではないことを学び、また教え、同時に全く新しい自分という概念を学び教えることが盛んでした。

それが啓蒙活動です。
自分とは体人間のことだと。

神の下で平等なのだから、体人間一人ひとりが幸せになり成功する権利を手にしているのだと。

3.観点の問題。海とお魚

啓蒙は必要なことでした。

もし啓蒙がなされず教育が行われなければ、せっかく全体主義から個人主義へと移り変わる事件が起きたものの、旧い秩序が完全にストップしないまま、新しい秩序がスタートすることが極めて難しくなっていたでしょう。

その結果、以前の全体主義よりも強固な全体主義へと逆戻りしていたかも知れません。現代にもまだ独裁国家が残り、激しい戦争をしているかも知れません。

全体主義から個人主義へと移り変わる観点から見て、啓蒙活動や自分を体人間だと教育することはとても素晴らしいものがあります。

しかし、その観点が永続するでしょうか?
個人主義が浸透した頃も必要でしょうか?

全体主義を離れる上では必要不可欠な啓蒙活動または自分=体人間を教育することであっても、あくまでも全体主義を離れる前提での話。

もはや時代プレートが個人主義へ移ったならば。更には、個人主義においてもマンネリが起こり、全体主義から離れる必要性があった頃のように、個人主義から離れる必要性が生じている今でしたら。

自分=体人間を教育することは間違っています。

そして実際、行き過ぎた個人主義は個人主義の秩序さえも自らが破壊してしまうかのような無秩序へと突っ切り、AIが体人間を代行し、チップが体人間に入り、体人間がチップになろうとする今から。

自分=体人間を教育すれば未来がありません。

4.心人間。令和日本が行く道

自分とは何か?

これに対する理解が足りないから、旧い教育をやり続けているのだと思います。同時に、今はもう新しい教育が必要なときに来ていることも見えていないのだと思います。

個人主義を離れて次の時代プレートへ。

歴史上でも初めてのこと。
世界中で他に誰も言わないこと。

それを令和哲学者が言っています。

自分とは何か?

これに対する理解を補う必要性をずっと、日本で25年以上も言い続けています。令和よりも前から令和のライフスタイル。令和の幟が立ってからは令和哲学者としてより一層。

心人間として。

令和日本が行く全く新しい道を教えてくれています。そして令和日本が世界に教えていかなくてはならない新時代を創る次元の違った啓蒙活動について。

令和日本にしかできない仕事。

5.恒久世界平和。世界基軸教育

恒久世界平和の実現。
その資格があるとすれば令和日本。

その根拠に是非触れてみて下さい。日本をこよなく愛するNoh Jesu氏と出会うと明確になります。スッキリします。わくわくします。

かつては、観点の問題を超えることができなかった教育水準だったために啓蒙活動には限界があり、世界平和は観念で終わりますが、令和日本には世界基軸教育として魅力的な候補が誕生しています。

全人類が共有できる内容。
誰もNoが言えない内容。

そんなことがあるのか。
あればよいが現実は。

そうですね。

真実と錯覚現実の関係について誤解があるから、そのように思うのでしょう。理想だが現実には無理だろう、と。しかし、真実と錯覚現実の関係について理解を深めることで、スッキリ通ることを確認し、わくわくすることでしょう。

世界基軸教育が必要なとき。
令和日本には候補があります。

6.答え。あります

自分=体人間

その観点でしたら、真実と錯覚現実の関係性を明確に理解できる答えはないだろうと思うのは全くその通りだと思います。しかし、

自分≠体人間

の観点でしたら、答えはないという主義主張は間違っているかも知れませんね。そして、心人間と出会うことで、明確になる世界があります。

答えはあります。
あなたも出会ってください。

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産業社会。大ショックの後に

今に至るまでずっと農業社会が続いている訳ではありませんでした。農業を中心とした農業社会にも終わりのときが来て、産業を中心とする産業時代が始まり、歴史の流れの中で時代は変遷します。AI時代にto live bestのライフスタイルを送る上で整理しておきたい出来事ですね。

本日のテーマは、「産業社会。大ショックの後に」です。

1.農業社会が迎えるマンネリ

同じことが繰り返されること、繰り返し続けて変化が起こらないこと、その状況が苦しみと共にあること、苦しいながらも認知しずらく実は苦しみを蓄積し続けていること。

それがマンネリのイメージです。

狩猟採集の時代から農業革命が起こり農業社会が築かれていく頃は、農業を中心とするライフスタイルは大ヒットしていました。

ところが、マンネリが起こります。

狩猟採集のときにもマンネリが起きたからこそ、次の時代へ推移したように、農業社会にもマンネリが起きたことで、次の時代へ推移するようになりました。

マンネリの内容は別の記事で書きます。
そのマンネリを打破する事件が起こります。

2.今更聞けない晴れない疑問

人間は信じるだけで生きていけない存在です。動植物と違って人間は思惟する生き物で、疑問が生まれるようになっていますし考える存在です。

信じていた出来事と全く違う出来事が立て続けに起こるとき、それでも信じるというのは人間なかなかできません。

なぜ?
なに?

問いたくなるものです。
理解しようとします。

目で見ると、地面は平らになっており、遠くの方まで水平に広がっていること、また他にも馬に乗っているときのように上下運動したり、地面から空に吹き飛ばされる体験をしていないことなど、日常の様々な経験から、地球が動いているなどとは絶対に思いもしないものです。

地球は固定している。
天にある星々は動いている。
地球を中心に天体は回る。

ずっとそう信じてきました。

なのに時々、星はそれとは違う動きをすることがあり、それはたまたま起こるのではなく、起こるべくして起こっていることに気付く人が増えてきます。

3.大発見。疑うことこそ本質

あなたはご存じでしょう。
地動説の方が理に適っていると。

かつて、天動説を固く信じてきましたが、思惟することで大発見に至る人間存在が増えてきました。信じてきたことよりも思惟することが勝る瞬間を迎えます。

地動説の登場。

地動説により起こるべくして起こる天体の現象と地球上の現象を統一的に説明することに成功しました。

詳しくは別の記事で触れます。

それまで信じてきたことが覆され、今度は疑うことを通して本質に迫れること、つまり様々な現象を説明しだし、発見と発明が相次いで起こるようになりました。

大発見。

この後に産業革命や市民革命が起こり西洋のルネサンスへと展開し、東洋との大きな格差に至ったのは、大発見があったからです。

あなたはその大発見と出会っていますか?

4.西洋のルネサンスと共に社会に浸透

西洋のルネサンスの恩恵は、イギリス産業革命やフランス市民革命で感じることができるでしょう。

天地がひっくり返る大ショック。

大ショックを受け入れてからというもの、産業革命と市民革命によって社会に浸透していくうちに、農業を中心とするライフスタイルは旧いものとなり、産業を中心とするライフスタイルがメジャーになりました。

かつては、商売をする人は最も身分が低く、お金を扱う仕事は蔑まされていたのに、現代ではお金の価値がとても高いのは、市民革命を起こした市民たちとは当時の商人または承認の影響を受けた人たちであったからです。

土地を持つ王様の権力。
神を説く教会勢力。

これらは力を失い、大発見に従い、革命を起こした人々に密着していく人たちは力を得るようになりました。

多くの人間たちが身分上昇を経験します。
産業を中心とする社会は着実に育ちます。

5.ホモサピエンス以外では在り得ない現実

人類仲間は20種類ほどいました。
現代ではホモサピエンスのみ。

動植物はもとより、ホモサピエンス以外のどの人類仲間も、月に出かけて旗を立てたり、地球に居ながら火星や土星を知ることなど実現できていません。

彼らのライフスタイルの延長では、実現不可能な未来でした。彼らから見たら絶対に在り得ない現実を手にしたホモサピエンス私たち。

それはマンネリ打破から始まります。
そして大発見から加速します。
革命と共に、順次展開していきます。

農業社会の延長だとしても在り得ない現実。それが産業社会では次々と起こりますね。農業時代に生きる農民は、産業社会に生きる農民とは全く違うライフスタイルであるため、産業社会では時と共に最早、存在できないようになっていきます。

それが時代の移り変わり。
発見のパワー。
ショックの恩恵です。

6.AI時代にto live bestのライフスタイルを追求する

AI時代にはAI時代らしいライフスタイル。

時代背景によってライフスタイルが変わるのは少し考えれば誰もがよく分かりますよね。

国家全体が私だと思っていた全体主義は、いつまでも永遠に長く続くような真理ではありませんでした。条件によって存在し、条件によって存在しなくなる錯覚現実。

錯覚現実ゆえに新たな現実は生まれる。
産業社会。体人間を自分と思う個人主義。

時空間の捉え方が農業社会のときのそれとまるで変わります。農業社会の頃は、どうやって月に行けると想像できたでしょうか?

AI時代にはAI時代らしく。
to live bestのライフスタイルがあります。

あなたはもう、見つけましたか?

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農業社会。一体どうして農業社会?

今、社会はどんな状態でしょうか?AIが到来しAIが社会の中心を担うAI時代に一体、人間はどのように生きるべきなのでしょうか?AI時代を理解するために、歴史文明の推移を見ることが大変に参考になります。本日は、農業社会に着目する記事です。

テーマは「農業社会。一体どうして農業社会?」です。

1.狩猟採集の時代から

食べるために木の実を取ったり、獲物を狩る時代が長くありました。その時代は田畑を耕す時期や収穫の時期のような概念はなかったでしょう。

年がら年中、狩猟採集ですね。
春夏秋冬が安定しているときの話。

ところが長い地球生命史には、人間生命の想像を絶するような環境が用意されてきました。幾つかの学説では、生命にとって厳しい環境のたびに、地球生命は進化を遂げてきたと言っています。

氷河期もその一つ。
人類も氷河期を経験します。

地球上で起こる氷河期は、狩猟採集時代のライフスタイルにとっては生き残るのに厳しい環境だったのでしょう。

何せ、冬とは次元が違う環境です。

2.動植物と違って人間は

思惟。

日常生活では耳慣れない言葉であり概念。人間は動植物と違って思惟します。統制不可能な考えとは対照的に、自ら律し、自ら質問を放ち、正しい方向性に向けて、質問と答えを繰り返していく中で発見に到達する深みのある思考のことです。

全ての動植物は条件反射としての反応まではできるので、変化する地球環境にある程度の環境適応をするかも知れませんが、人間ほどの環境適応ができないことに加えて、環境創造ができない理由もまさしくここにあります。

人間は思惟することができる。
そして発見に至ります。

3.パラダイムを転換させた大発見

狩猟採集時代のライフスタイル。
農業時代のライフスタイル。

これらは全く違うでしょう。

24時間がまるで違うでしょう。
衣食住がまるで違うでしょう。
関心ごとが違うでしょう。

ありとあらゆるものが変化したのは、その土台が変わったからであり、土台のことをパラダイムと言います。土台であるパラダイムが変わったことで土台の上にあるもの全てが変化します。

狩猟採集時代のパラダイムがありました。
同様に、農業時代にもパラダイムがある。

そのパラダイムを移動させたものが、思惟の結果による大発見です。その発見によって、氷河期を代表とする劇的な地球環境の変化による生存活動の危機限界を乗り越えるのですから、時間をかけても人類はそれを受け入れるでしょう。

実際に、人類は受け入れました。

それが、ホモサピエンス。20種類ほどいたとされる人類仲間で唯一、現代に生き残る種です。今、78億人ほどいるホモサピエンスは、皆んな同じ人間。

大発見を人間生活に取り入れることによって人間のライフスタイルは大きく変化していきます。劇的な地球環境変化に対応するばかりか、地球環境そのものを変化させていく一つの大きな土台を手にします。

4.農業革命と共に社会に浸透

農業時代のライフスタイル。

そこに向かって重要な大発見がなされてからは、その発見を人間生活に取り入れるたびに24時間の生き方は農業時代らしくなっていきます。

そこに大きく貢献するのが農業革命。
大発見と共に発明がなされて加速します。

農業革命によって、それまでとは比較にならない大勢の人がパラダイム転換に触れます。そのことで、ライフスタイルの中心と周辺が狩猟採集時代のそれと入れ替わり急速にライフスタイルが変化します。

ずっとずっと狩猟採集だけを続けていた時代から、農業を取り入れ農業を中心とした生活に変わります。社会の在り様も、狩猟採集時代の社会から、農業時代の社会へと変わります。

ライフスタイルの変化。
社会の変化。

これらは革命と共に起こり、農業革命と共に農業社会は着実に、そして急速に築かれていきます。

5.在り得なかった現実を手に

狩猟採集時代の人類が出会う農業社会。
それは如何なるものでしょうか?

木の実を取り、獲物を狩る。

そんな存在からしたら、田畑を耕し、種を植え、家を作り、同じ場所に固定して住むことは滑稽な姿に映るでしょう。今日の食べ物を得る努力をしないホモサピエンスを馬鹿にするかも知れません。

ところが、氷河期のように劇的な地球環境変化が起こるときには絶滅の危機に瀕するのは、狩猟採集のライフスタイルであり、狩猟採集のパラダイムの方です。地球自然の脅威や動物の猛威に対して、不安ゼロ、恐怖ゼロの領域を創り上げることは在り得ないことでしょうし、今いる大陸のどこに自分がいるのかという現在地を分かることも不可能でしょう。

在り得なかった現実。
それを具現化しました。

意識空間がもし目に見えるのでしたら、一体どのくらい大きなショックがそこに起きていたのでしょう。空間自体を切り裂いてしまうほどの衝撃的な雷が落ちるようなショックで例えられるかも知れません。

狩猟採集のパラダイム。
その延長では不可能で在り得ない現実。
それを在り得る様にさせました。

どれほどの大ショックでしょうか?

大発見を起点として起こる農業革命。

6.AI時代らしいライフスタイルとは?

AI時代にはAI時代らしいライフスタイル。
全く新しい社会が築かれていきますね。

農業革命が起点となって農業社会としてライフスタイルが浸透していったように、また新たな革命が起きて新しい社会としてライフスタイルへと浸透していく時です。

あなたはもう、発見しましたか?

新しい革命との出会い。
ライフスタイルを変える近道です。

ぜひ発見してみてください。
令和日本ではもう、その道が切り開かれています。

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協力団結の質と量

何か食べようとする時の話。
それが本記事の入口です。

採集する時代がありました。
この時は1人でも大丈夫です。

木の実を拾い、捥ぎ取り食べます。

狩猟する時代がきました。
この時は2,3人の方が都合よいです。
更に2,3人いれば万全でしょう。

獲物は小柄なものから大物まで望めます。

農業する時代はどうでしょうか?
農業はその日の食べ物ではありません。

その特徴もあり、作業は長期間に渡るもので大掛かりになります。ただ貯蓄貯蔵ができる便利さがあります。

人数は5,6人欲しいところです。
10人以上いれば尚良しですね。

産業革命が起きて工場で産業物が生産される時代はどうでしょうか?直接の食べ物ではありませんが、食べ物をより大量に、品質良く、貯蓄貯蔵も膨らみえるので極めて便利です。

人数は何十人、何百人は欲しい。
何千人いれば最高ですね。

この話は何に続くと想像しますか?

この先も時代は変遷し、IT革命が起こり、スマート革命が起こり、現在はAI革命が起きています。基幹となる新しい発見や発明が起こるたびに、人類は社会の水準が飛躍的に高まり、何か食べようとする上で必要とする人数が多くなっていることに気付きます。

そのことは何を意味するでしょうか?

人類の歴史は協力する歴史とも言えます。
如何に団結協力してきた歴史なのか?

質と量と共に、です。

人類歴史をそのようにひも解けば、この先は何が発見されて何が発明されるのか見当がつきますね。

協力団結を妨げる原因の発見。
協力団結を妨げた原因の解消。
協力団結を築く原因の創造。
協力団結を推進する道具の開発。
協力団結を具現化する企画。

などなど、このような流れを実現する技術が誕生し、実際にこのような流れを創り出していくでしょう。

そして、この技術と流れが興る場所。
それが、この令和日本。

面白い時代に突入していますね。

創ろう!
英雄集団日本!!

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観光産業が破壊された日本の次の一手は

新型コロナウイルス感染拡大と共に、経済活動が尽く破壊されています。その影響を直接、間接に大打撃として被害を被っている観光産業。日本経済を支えてきた観光産業が破壊されたのであれば、日本の次の一手を考えるときです。

産業レベルで、次の一手を考える。
一体どんな産業なのでしょうか?

1.日本経済をどう見るか?

日本経済は世界から見たら驚きがあります。国土面積も小さく、資源も乏しく、産業革命やIT革命のお膝元でもありません。

先の世界大戦でアメリカに負けたことで、悪魔の国とレッテルを貼られ、今の北朝鮮と比べても遥かに酷い国家として捉えられていました。

そこからのMade in Japanです。
これに世界は驚きます。

お金で世界を統一してしまうのではないかと思えるほどの勢いを世界は感じていました。それに脅威を感じた米国と英国が協力して、Made in Japanには勝てないので勝負の軸をモノづくりから金融経済へと変えました。経済論理では勝てないから政治論理を使いプラザ合意による力業で日本経済の土台を揺るがしています。

バブル崩壊によって日本から3000兆円のお金が消し飛んだと言いますが、それでも世界経済2位、中国の台頭があっても3位の位置を守っています。

世界で何か悲壮感漂うときにはドルや元というよりは円が買われることをご存じですか?これこそ日本経済、日本のお金に信用信頼がおかれている一つの大きな指標です。

ですから日本経済はすごい。
世界から見たときに、です。

海外に旅行したときに感じる世界の人の日本人に対する目線とは、日本経済のスゴさからも現れていたのです。

2.中心が変わった世界経済

ですが、プラザ合意、金融経済への移行の下で、IT革命とIT産業、そしてディープラーニングとAI産業が加速していくとともに、日本の製造業の落ち込みは目も当てられません。

製造業の日本企業。
世界では尽く敗北です。

勝負の土台が変わっているから。
日本企業が対応しないから。

そんな中で、アジアの技術力も高まり、人件費その他もろもろがありまして国際的な競争力を製造業に見出すのは最早無理な状況が20年ほど続いています。

3.日本の対応。観光産業へ依存

だからといって日本経済を回さないと日本国民は生きていけませんから製造業以外で支えられる産業を、と考えたくなりますね。

それが観光産業でした。

海外の人が日本に来やすくなっています。かつては北朝鮮よりも酷いレッテルであった悪魔の国というイメージを自ら完全払拭し、奇跡の国として世界に衝撃を与えています。

日本という国を見てみたい。
日本に訪れる観光客が増えます。

その観光産業に日本経済は依存するようになっていきました。ですから日本経済を支えているのは今や製造業ではなく観光産業でありました。

4.時代のプレートが変わる

新型コロナウイルス感染拡大によって、世界経済は一気に減速しました。海外ではロックダウン、日本国内では緊急事態宣言が発令され、ライフスタイルがゴソッと入れ替わる人も多いです。

実際、時代のプレートは変わっています。

オフライン中心からオンライン中心のライフスタイルへと突入していますね。大陸を支えるプレートであるように、ライフスタイルを支えるプレートが変化してしまっているのです。もう元には戻りません。変化したプレートのまま生き切るしかありません。

5.新しいプレートとは何か?日本は次の一手を模索

そこはどんなプレートでしょうか?
新しいライフスタイルは何でしょうか?

日本は次の一手を考えるときです。
ウイルス登場のときからそうです。

明かなことがあります。

観光産業へは戻れません。
製造業へは戻れません。

歴史が過去に戻らないように、日本経済の中心軸も戻ることはありません。新たな中心軸へと移行しきってしまうことです。

日本は次の一手を考えるとき。
次の一手とは何でしょうか?

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令和哲学カフェ

悩み。真理を知ることはできるのか?

カントが生きた時代背景は科学万能主義の風潮がありました。カントが哲学を整理整頓する前までの哲学と言えば、2つの大きな主流があります。一つは、合理主義。一つは経験主義。お互いはともすれば対立構造になり易い関係です。

本日は、人間たちの悩みについて。

特に真理は知れるのか?カントの功績と共に書き綴りたいと思います。

結論から言えば、真理を知ることができる。そのように整理したのがカントです。とても希望溢れること。

一体どういうことでしょうか?
哲学は真理を追究するものです。

経験主義の主張は、体験したことに価値があり、真理を探すのは体験したことを蓄積することで叶うだろうというものです。

ところがどうでしょうか?

人間が生きるといっても100年ですから、この広大な宇宙そして138億年という時間の長さと比較して一体、どのくらい体験を得るというのでしょうか?

やがて悩みが出てきます。
本当に真理は知れるのか?

一方、合理主義の主張は、体験しなくとも先験的に真理を知ることはというものです。数学的な概念を用いて、同じことを繰り返し追求することで真理を得るというものです。

するとどうでしょうか?

シンプルではありますが常に同じことを確認していては多様性や広がりについては無力です。進化発展成長などが起こりません。

やがて悩みが出てきます。
それは真理と言えるのか?

経験主義も合理主義も対立しやすい傾向がありますが両者ともに、悩みがありました。

本当に真理を知れるのか?

カントはその悩みを解決しました。
どのように?

それまでの真理の基準は客観世界にありました。カントは真理の基準を主観世界にもってくることに成功します。

その結果、悩みは解消します。

真理を知ることができる。
真理の基準は主観世界にあるから。

真理の基準を主観世界にもってくるだなんて何と素晴らしい偉業をなしたのでしょう。

いつも読んで下さって有り難うございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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カントが解決した問題一つ

カントがいた時代背景。
科学がブームでした。

ある時から宗教による整理整頓よりも科学による整理整頓の方を重要視する傾向が強くなっていきます。絶え間なく訪れる疑問に答えてくれる量は科学の方が圧倒的に多かったからです。

その影響は宗教だけに留まりません。
哲学も大きな影響を受けます。

科学万能主義。
その傾向が強くなっていた頃。

2つの主流がありました。

一つは、経験を重要視する傾向。
一つは、合理性を重視する傾向。

これらが相反するかのようにして論争することも度々あります。平和を望む人間からすると胸を痛める場面なのかも知れません。

実はカントは、この論争にも終止符を打っています。整理整頓することに成功しました。これはトンデモナイ大成功であり偉業と言えます。

あなたの周りではどうでしょうか?
ちょっと振り返ってみて下さい。

経験を重要視する傾向はこのようなものです。つまり、実験に重きを置きます。日常では体験を大事にすると言えますね。

自分が体験したことは真理になります。
体験したのだからそれが真理だ、と。

一方、合理性を重視する傾向とはこうです。数学的。体験しなくとも自然に計算結果が出ますね。体験よりも前に経験することができるし答えに到達するというものです。日常では数学的な理論とか知識を扱う人ですね。

こちらの側からすると経験を重要視する人が馬鹿に見えるかも知れません。事前に答えが分かるのに一体どうして体験しないと分からないのか?体をもって体験できないことは沢山あるじゃないか、と。

では逆に経験を重要視する人から見たら合理性を重視する人はどう見えるかと言うと、やはり馬鹿に見えるかも知れません。発展性がないじゃないか、と。数学的に、理論として、同じことばかりを繰り返して面白くないし個性がないし、進化も発展も起きずそれが人生と言えるのか、と。

お互いがお互いを馬鹿にしてみる。
平和から遠く殺伐とする向きもあります。

カントからしたら、こうした殺伐とした雰囲気や緊迫したムードを何とかしたいと思ったのかも知れません。

平和的な解決が難しそうなテーマ。
カントは哲学で突破しています。

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暗い話題が多い今の時代に

希望を語りたくなる時ですね、確かに。このような方向性喪失、リーダーシップ不在と思えるような世界の混沌ぶりと、日本国内のマスコミを中心とした暗い話題が多い今の時代ですと。ですが、本当に大切なことは希望を語ることなのでしょうか?

今日は、暗い話題が多い今の時代に触れる記事を書き綴ります。

希望そのものは大事です。
暗い話題の時にも、でしょう。

ですが、このような経験はありませんか?希望が薄れ、断たれ、やがては失望や絶望に至る。ともすれば、希望など持たぬ方が良かったのだと無気力に陥る。

希望そのものは大事です。
暗い話題の多い今にも。

ですが、御幣を恐れず大胆に表現しますが、絶望と切り離された希望などありはしませんし、絶望と直面して向き合った結果、絶望そのものと仲良くなるという過程を通過していない希望は、薄っぺらい希望であり、やがては破られるものとなるでしょう。

暗い話題が多い今の時代。
希望を見せる話があるでしょう。

ですが、絶望と切り離された希望ほど危ういものはなく、更に言えばそんな希望こそより深い絶望であり、そのような絶望が希望っぽいものへと形を変えて騙してくること自体が、恐ろしい絶望っぷりと言えるのではないでしょうか?

絶望の最中に合っても、そこと向き合えること。そこで笑えること。そこでも幸せでいれて人徳溢れていること。究極の絶望であっても、です。

そんな生き様こそ、真の希望ではないでしょうか?簡単に話にできる希望ではありませんが、絶望と共にある元気な姿として生きる希望なのだと思います。

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