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令和哲学カフェ

面白い。スタバを超えんとする毎日

このところ令和哲学カフェがすこぶる面白い島崎であります。4期に入ってからは哲学者を3人取り上げ、その3人をコネクションしようとする挑戦。ファシリテーターによるチャレンジは毎度毎回美しいのは言うまでもなく、そこに引きつられ或いは追い越さんとする勢いで視聴者たちの掻き立てられる意欲と共に賢さが蓄積されていく美しさがあります。

本記事は後に、哲学者たちを紹介します。

この島崎、人生を振り返ると哲学には何の縁もなく魅力も感じてはおりませんでした。ただ、哲学がない生き方は何か違うなーとは思ってはおりました。それだけに、縁もなく魅力を感じないままは漠然とした不安のようなものは感じていました。

だから機会があれば、哲学が関わるイベントに顔を出したことがあります。そこで何を経験するかと言いますと・・・

難しい
意味不明
怖い
不可解
敷居が高い
使えない

というもの。他にもまだまだあります。これは島崎のみならず多くの日本人が抱く印象ではないかと思います。

ですが、本ブログでは何度かお伝えしている通り、令和哲学カフェは全く違います。4期になって特に強く感じており恐らく5期以降は更にその要素が濃くなる予感がしており個人的にとても楽しみです。

本ブログに何かしら感じてくれているあなた。

本記事に目が留まったあなた。

おススメしておきますので是非、令和哲学カフェをご覧ください。特におススメは、zoomによる顔出し参加、そしてブレークアウトセッションSSMに参加することです。

最近、ブレークアウトセッションSSMにとても意欲があり、この時間は短いながらも濃度の濃い整理整頓が起きることがあり、刺激的。

4期の楽しさ。

毎日1人、哲学者を取り上げ、その哲学的概念を時代背景と共に理解するのですが、その時、再解析するのがとてもスリルがあっておススメ。やはり、存在は存在だけに留まらず時空間あっての存在ですし、哲学的概念であっても哲学者であってもそれを存在としてのイメージとして捉えるなら時空間としてのイメージもある訳でして。この時空間としてのイメージを伴う存在のイメージが抱き合わさったときの爽快感、これを特に共有したくて仕方がなく、今日は本記事を書きたかったわけです。

これは哲学界のパラダイム転換。

まさしくルネサンスの現場。

スタバを超える令和哲学カフェを毎日毎日確認している島崎にはその根拠があります。アンケートにそれを書き綴ることもまた一つの楽しみであり、参加者でありながら作り手としてのアイデンティティも育つのが令和哲学カフェの未来が明るい証なんではないかと個人的に思っています。

島崎個人的には、自ら意欲的に参加姿勢が養われ、そして哲学者たちをコネクションしようとする挑戦に没入している有り様を振り返るに、あー、これは真の教育であるなと、そのような実感を得て、教育効果の高い令和哲学カフェを今後も応援しつつ、作り手としてもスタバを超える令和哲学カフェとして育てていく喜びを蓄積していこうと思っています。

視聴者が賢い企画。

最強最高です。

それでは、取り上げられた哲学者たちを紹介します。これだけの哲学者たちを3人(会によっては4人)コネクションしてきた朝鮮意志を、あなたはどのように感じますか?

下に行くにつれて、4期初回に向かいます。4期は現在進行形です。

本日も読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

【令和哲学カフェ4期で取り上げられた哲学者】

ドゥルーズ←今ここ

ヒューム

ライプニッツ

ドゥルーズ

パルメニデス

フッサール

デカルト

サール

チューリング

ヴィトゲンシュタイン後期

アラン(エミール=オーギュスト・シャルティエ)

ヒルティ

ラッセル

マイケル・サンデル

ミル

ベンサム

ヴィトゲンシュタイン前期

フレーゲ

ソシュール

井上哲次郎

伊藤野枝

大杉栄

ガブリエル

ドナヒッグス

ラッセル

ヴーヴォワール

サルトル

ヘーゲル

荘子

老子

孔子

福沢諭吉

レビナス

ハイデッガー

フッサール

パルメニデス

ハイデッガー

マルクス

ハンナアーレント

ハイデッガー

ルソー←初回

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ノジェス著書

ノジェス新著”心感覚(シンかんかく)”

21世紀の悟り人である令和哲学者ノジェス氏が新刊「心感覚」を世に送り出しました。歴史初世界初シリーズを日本または人類にプレゼントしている彼だが1996年3月に始まり2021年になって初めて出版社から本を出しましょうと声掛けがあった。

本日のテーマは、「ノジェス新著”心感覚(シンかんかく)”」です。

1.疲れ。時代は今

生まれたばかりの赤ちゃんがあんなに元気であっても、保育園や幼稚園となる頃にはもう疲れている時代。これを哀しむ人は多いかと思います。

元気な大人。
一体どこにいるでしょうか。

哀愁漂う後ろ姿
新型コロナウイルス感染拡大の猛威は人間が如何に孤独であったのかを浮き彫りにしました

多くの家庭では父親が社会に揉まれて疲れています。家に帰ってきたら家の仕事をするというよりは疲れを癒すことに専念するお父さんも多いのではないでしょうか?

男性性の文明が続いた人類歴史。
社会も男性に優位なハズです。

そんな中でお父さんが疲れていますが、ある意味ではお父さん以上に仕事をこなすお母さんという存在の潜在的な疲れは如何ほどでしょうか?

休む時間がない。
これは大げさな表現ではありませんね。

お母さんをいじめることで成り立っている男性性文明はもう人類誕生から800万年もの間ずっと続いています。

お父さん以上に疲れていますね。

疲れを癒すのは女性性でありお母さんという存在でありますが、社会の重圧は全てお母さんに迫っているというくらい負担はお母さんにかかる分、一番疲れているのはお母さん。

時代は今。
疲れています。

2.心の叫び声を代弁

疲れているにも関わらず、文明社会は走らせようと要求してきます。

  • 未来を明るくイメージさせる
  • 幸せや成功をイメージさせる
  • 希望をもつことを推奨する
  • 新しさを強調する
  • 宣伝、広告、謳い文句

さまざまな方法で、走らせようとしてきます。走っては疲れ、また走るように誘導され走って・・・そんなことを繰り返しています。

この繰り返し。
これを何とかしたい。

いつまで続くのか?
そんな声なき声は心の叫びとなり。

頭を抱えうつむく高齢男性
リーダーシップ不在、方向性喪失。暗い話題が多い今の時代は、希望を語りたくなりますが、絶望と真っ向から向き合い絶望の海の中に身をおいて希望に成り代わる生き方こそ真の希望

今の時代の多くの人の奥底に眠っています。もうこれ以上は中途半端な生き方をしたくない。今までとは全く違った新しい道と出会いたい。

そんな心の叫び声。
如何ほどに深いのでしょう。

目で見えるものではなく、
耳で聞けるものでもなく、

奥底に隠してしまった叫び声でもあるからか、本人さえも簡単にアクセスしないでしょうし、まして他人が気付いてくれることもないでしょう。

そんな深すぎる心の声。
これが露わになった一書。

21世紀の悟り人ノジェス氏が書きました。それが

心感覚(シンかんかく)
0=∞=1

タイトルからして興味を抱きます。

何から始まり、何に締まっていくのか?
目次も刺激的な表現がそこかしこに。

斬新。簡単に予測させてくれない本。
予感。何かあると思わせてくれます。

3.出会えて良かった

島崎は理系ではありましたが人文系の本も多数読みました。長年の悩みを何とかしたいと思い心理学、自己啓発、精神世界、思想哲学、人生哲学などなど今を変えてくれると期待されそうな本はどれも読みました。

それらとは全く違う!
明らかに一線を画す!
内容がもう。

他では聞いたことがない概念が論理として流れるように展開されていくところに心地よさがありますが、それを演出しているのは質問者との対話形式ということも大きいのでしょう。

内容は斬新で革新的ですが、
とても読みやすい本です。

以下は博多の書店HMVの様子。

上段に羅列する心感覚。この棚だけが特別配置されていた
新刊・話題書のコーナー。上段に6面並び、続いて話題書として1面。とても目立ちます。

それから以下は、紀伊国屋書店の博多本店の様子。

週刊ベストセラーのコーナーでベスト5位。九州で最も大きな書店の一つ。嬉しいことこの上ない。

TwitterやFacebookでは読んだ人の感想が紹介されています。読んだ後の感想、それも他の人の感想を聞きながらハッとさせられることも多く、また読んでみようと思えますね。

感想を一部、紹介します。

「人生を一緒に伴奏してくれるような大切な1冊」
「企業や団体に関わるリーダー層の必読書」
「希望を感じました!」
「これからも定期的に読んでいきたい」
「多くの人に手に取ってもらいたい」
「これからの展開が楽しみ!!」
「衝撃!!」
「何とも言えない興奮」
「使命感が湧いてきました」

などなど。長年ずっと蓄積されてきた何かがあって、それが晴れたというような印象の感想がとても多く、出会えて良かったーという声が聞こえてきます。

奥底にしまっていた心の叫び。
ノジェス氏が代弁したからでしょう。

4.驚きの表現

随所にぶっ飛んだ表現がされています。
何をおいても第一位に上がるのはこれでしょう。

「絶望しなさい」

はじめに、の冒頭から始まる表現。
それこそが、「絶望しなさい」。

心感覚の大きな特徴でもあり、21世紀の悟り人が初めに口にする言葉でもあります。

これに衝撃を受ける人が多いようです。
かくいう島崎もそう。

続いて紹介します。

「絶望バトル」

夢と夢が闘うとか、成果と成果が競い合うという話はよく聞きますよね。だから、希望のバトルならよく分かりますが絶望のバトルとはこれ如何に?

「自己否定は恥ずかしいことじゃない。絶対自己肯定感を得るためのプロセス」

これに救われる人は多いのではないでしょうか?必要なプロセス、それが自己否定であると。

「一度学んだら永遠に使える」

何を隠そうこの島崎。三平方の定理を親子関係に使ったことはなく、微積分を料理に使ったことはなく、留数定理を恋愛に生かしたことはありません。

学んだことって極めて特別なケースにしか使うことはできないし、三平方の定理は一瞬は役に立つけど、そのすぐ後に役に立つのは地理の内容だったりして、使うことは簡単でもなく、使用期限は永遠でもありません。

「これまでの学問が詐欺」

これは言い過ぎなのでは?
誰もが想う文言ではないかと。

一体どういう意味でこのように言うのか。大胆な表現は決して無責任などではなく、裏にはちゃんとした論理展開が用意されていて読み進めるほどに一歩一歩上がっていく階段が用意されています。なるほど、その意味でなら本当に詐欺だ、と。理解できてしまい驚愕です。

他にも、

「脳の認識のクセ」
「文化DNA」
「脱出不可能ゲーム」
「脳vs心」

など、分かりそうな単語ながら、一つひとつは衝撃的なことであり、至る所にちりばめられています。

刺激的な文言
挑戦的な表現

それらは全て、意味があって語られていることです。これを見つけるのも一つの大きな楽しみではないでしょうか?

5.納得。深まる理解

知りたくて知りたくて仕方がないという人が心感覚に出会うと、納得することが多いようです。

例えば、ポジティブ思考を常に意識して実践し続けてきたのに、それを上回る凹み期が周期的にやってくるという方が、偽物ポジティブだと気付けたりだとか。

最初はやる気に満ち溢れて入社しても、上司の指示や仕事についていけず、先輩に相談したいのにできず、会社に居ずらくなっていくというので辞めることで環境を変えてみても、また同じことを次の会社で繰り返している方が、罠の構造に気付いて繰り返す理由と出会えただとか。

驚いている顔のイメージ図
その瞬間はショック。耐え難い衝撃。だが、理解できて納得するからこそ・・・かけがえのない価値ある学び。

抽象的な完成度が非常に高い。
だが極めて具体的な事例に対応。

抽象と具体を自由に往来する質問者とノジェス氏のやり取りから、本来であれば難解に思えるテーマにも一つひとつ区切りをつけながら理解の段階を駆け上がっていく様子が分かります。

心感覚を読み終わる頃には。
進むべき方向性と正しい努力。

それが分かるようになっているでしょう。

6.おススメ

ぜひ、ご確認を。

心感覚(シンかんかく)特設サイト

https://www.noh-jesu.com/shinkankaku/

本ブログに興味を抱いてくれているあなたなら、きっとこの本の真髄を掴み取るハズ。

正しい絶望から始まる究極の希望。
人類であれば誰もが必ず通る道。
世界を救済する日本の使命。

1996年3月から始まり2021年でやっと出版社(イースト・プレス)から声がかかった初の出版。これには大げさでなく、汗と涙が込められています。そしてその内容たるや歴史文明の意志はもちろん、人類意志が継承されていると言っても過言ではありません。

ご確認を。
あなたなら読めばわかります。

Noh Jesuブログ
令和哲学者として語るNoh Jesuブログ。令和を語らせたら誰よりもアツい

21世紀の悟り人ノジェス氏を感じます。令和哲学者ノジェス氏の勇気と覚悟を受け取ります。

ぜひ手に取ってみて下さい。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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nTech

人間。正しく知りたいけど

令和哲学カフェでは哲学者らしい哲学者として認める偉大な哲学者カント。令和哲学カフェでは令和哲学者曰く「彼は哲学とは何かを整理した唯一の哲学者」「カントの言っていることを正しく理解している人がいない」とありますが、初めは理解できなかったことも毎日開催されている令和哲学カフェですから、よくよく理解が深まってきます。

そんな島崎は哲学者カントに尊敬の念を抱きながら、令和日本はカントの意志を継承し哲学が弱い日本でこそ逆に哲学ブームを興したいと思うようになりました。

哲学者カントの偉業は別の記事に書いてます。
ぜひ、そちらをお読みください。

カントは、人間は一体、

何を知るべきか?
何をやるべきか?
何を希望するべきか?

という人間人生の根源的な問いを放っており、カント自身がこの問いに誠実に答えようとしています。カントよりも前の哲学者、そしてカント以降の哲学者も、カントの問いかけの理解と、カントの深い洞察を正しく理解している人がほとんど居ないということで、一体どのくらいカントが深い世界のことに触れていたのか、そして伝えようとしていたのか、染み入るものです。

カントの偉大さはある重要な発見にあります。

カント前までの哲学者たちが明らかにできなかったことをカントが明らかにしたことの一つとして、人間は一体なにを知ることができるのかという問いに対して、ここまで、ここから、という線引きを引くことでした。

知ることの限界を示します。

人間は、体験しなくとも知ることはできるよということを言いつつ同時に、知る領域に限りが必ずあるよと示すことに成功したことで、それ以外の領域があるということをハッキリと示唆します。

人間は、全てを知ることができますか?

あなたは今、素粒子の動きを見たり、ひもの振動や膜の動きをとらえることが出来ますか?そうした存在を知ることも難しいですが、存在の動きや存在を成り立たせている働きなどは分からないですよね。

あなたは今、地球の活動を見たり、太陽の活動を見たり、銀河系や宇宙全体の動きを見ることができますか?天体の存在を知ることは困難ですが、天体の動きや天体そのものを成り立たせている働きなども分からないですよね。

存在の外であったり空間の外。
存在させたり空間を成り立たせているもの。

あなたがもし、ボールペンのことを知っているとしても、ボールペンを成り立たせている膨大な背景までを知っている訳ではありませんから、実は本当の意味ではボールペンを知っているとは言い難いでしょう。

実際、あなたはボールペンを創るノウハウはないでしょうし、ボールペンを創るようにさせている知識や技術の更なる背景は知らないでしょう。

このことで分かること。

正しく知っていることはありません。
全体を分かってはいません。

まさしくカントが言っている世界です。

さて、カントがいうように認識形式(観点)を持っている以上は知る範囲に必ず限界が生じるので、必ず部分を見るようになります。

このような状態にあること。
これが初期設定であること。

このことを知らないままで、そして理解しないままで、人間が幸せを追求したり、成功しようとする様をあなたはどう思いますか?

幸せになろうとしている正にその瞬間、その人間が正しく知っていることがありませんし、それまでも、それからも、ないことがその人間に働いている初期設定だということを。

果たしてそのままに放置しておいても良いのでしょうか?

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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令和哲学カフェ

完全学問の必要性を垣間見る

よくよく考えると不思議な現象は沢山あります。ところが大半の質問が親や先生によってかき消されるためか、不思議な現象を理解の対象としないまま、暗記して済ませて後は放っておくということがよくあります。

本日のテーマは、「完全学問の必要性を垣間見る」です。

1.よくよく考える?教育 学問の今

子どもの質問は実にシャープです。
大人はよく足を止められます。

ところが足を止めることが良くないと無意識で要求する物質文明社会があるからか、大人たちは子どものシャープな質問事態を封殺しにかかります。

目撃したことはありませんか?
自身が被ったことはありませんか?
当事者ではありませんでしたか?

天才で生まれた赤ちゃん そして子どもたちはやがて凡庸になっていきます。何の影響を受けているかと言いますと紛れもなくこれは物質文明社会の影響であり、教育の在り方、学問の在り方が顕れていますね。

更なる天才へさせたなら今頃は世界平和です。
そうならず教育や学問が天才を凡庸にさせる。

哀しいことですが、これを現実のものとして受け取る必要があるかと思います。それでこそ、次なる段階が見えてきて突破口を得るでしょう。

2.出会い革命

あなたも漏れなく体人間として誕生してきたからには、父親が必ずいて母親が必ずいるでしょう。生まれた瞬間から誰とのかかわりもなく分離断絶の内に生まれた訳ではありませんね。

その誕生がどのくらい神秘なのか?
大shockと共に感動を伴うものか?

あなた自身がそのように思っていないのは、あなただけの問題ではなくて、教育がそうなっているし、学問の水準がその程度だからです。

精子と卵子があります。
精子が卵子の中に入ります。
受精した後、赤ちゃんになります。

そのことは多くの人が知っているかと思いますが、これがどのくらい神秘でスゴすぎる世界が働いているのかを知らないですよね?

そもそも精子が卵子と出会ったら何でまた赤ちゃんが生まれるのかが不思議で仕方のない現象ですが、いつの間にか凡庸として育った人間存在はやがて、真実を探求することをやめてしまい質問を控えるようになっていますから、神秘神聖の世界に出会う機会を逃しています。

3.令和哲学カフェにてNoh Jesu氏が

ナビゲーター役の長岡美妃さんのプレゼンと補足するNoh Jesu氏のやり取りにとても感動します。2人のやり取りからハッキリと分かりました。

令和哲学カフェでのことです。

生物学が薄っぺらい。
生命の神秘を教えれない。
如何に分かっていないのか。

それが明らかになりました。

それこそ、精子と卵子が受精するところから赤ちゃんが誕生するまでの精密な過程でした。生物学や医学に詳しい長岡先生が認めたのは令和哲学者Noh Jesu氏の話を理解し納得するからでしょう。

島崎もそうです。

西洋の学問では理解できない誕生の秘密をアレだけ細かく繊細に語るのか、そして生物学では語れなかったのか。

まさしくその話自体は、nTechを理解する5大概念の観点からして不可解な現象と理解納得する現象が一本につながる説明であったことに感動そのものでした。

間を悟り知った威力です。

4.不完全学問と完全学問

今までの教育を担ってきた学問の特徴がよく分かります。なるほど、確かに不完全学問ですね。

身近な現象も分からない。

分かったと言っている水準に神秘神聖がなく尊厳に繋がりません。それが続くとどうなりますか?本来の人間はスゴすぎてまだまだスゴすぎる絶対尊厳そのものであるのに、神秘神聖が失われ尊厳に繋がらないなどと。

どんな人間として育つのでしょう?
鬱や自殺や殺人に繋がるのは当然。
子どもが元気で大人が無気力も当然。

行けば行くほど、文明社会に活力がなくなっていくのも当然ですし、哲学なき○○と思われても仕方がないですね。

生き方につながらない教育。
自分につながらない学問。
心を置き去りにした学びと教え。

そんな状態なのに人を教えようとして凡庸な人間を育てるのは不完全学問だし、詐欺と同じだと思います。

また、神秘神聖を添えて理解できて説明できて統制できるように案内してくれるnTech令和哲学は完全学問の気配を感じます。

あなたも是非、精子と卵子の出会いのヒミツに出会われて下さい。生物学者たちが誰も語れないこと、そして知りたがっていることをNoh Jesu氏から聞けます。

間違いなく感動します。

5.ご確認を。完全学問の真価

令和哲学者の語る世界観に触れるとスッキリわくわくする人が増えてきます。不完全学問だけを絶対に正しいとする見方から出会おうとするなら勿論、受精には至らない不健康な卵子のように元気いっぱいの精子を受け取ることには苦労するかも知れません。

観点固定の問題は確かに働きます。

ですが、不完全学問を補いながら完全学問が発揮される準備をもう25年も十分に済ませている令和哲学者です。そして、令和の幟が立った令和日本もある。

何より観点の問題を解消しえる認識技術。

完全学問は、それを受取ろうとする意志ある人であれば誰でも理解納得できるものです。何せ不完全ではない。誰もが皆んなスッキリわくわくします。

完全学問の真価。
ぜひご確認下さい。

6.子どもの頃の疑問

小さい頃は色んなことに興味を抱き、何でも関心をもって近づいていきますね。質問も良質でシャープで、誰もが皆んな天才で生まれてきています。

ところが、教育と共に凡庸になる。
世界経済や様々な事件を見れば。

如何に教育がもったいないことをしているのか、薄々感じている人は多いと思います。そこにハッキリ言います。

学問が不完全だったから。
今からは違います。

その先へ行きましょう。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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啓蒙の必要性

西洋では盛んに啓蒙活動が行われたこともあり、東洋の国々と比べたら形成される勢力に格差が生まれますし、文明にも圧倒的な格差が生まれました。啓蒙活動は主に、自分の置き所はこの体だという個人主義に基づいたものです。

本日のテーマは、「啓蒙の必要性」です。

1.時代背景。全体主義から個人主義へ

農業社会の頃は全体主義でした。
やがて産業社会へと変わります。

このとき、全体主義に対して個人主義へと変化していきますが、その変化が起こる一つのキッカケが啓蒙活動でした。

時代の変わり目は劇的な変化です。
ライフスタイルがまるで変わる。

旧いライフスタイルはストップしてこそ、新しいライフスタイルへと移動できます。劇的な変化が起きる最中では、全体主義を成り立たせている概念が壊れていくプロセスがあります。

全体主義とは何でしょうか?

一人ひとりは今のように引っ越しの自由も結婚の自由も認められていません。全て王様の許可がないといけません。王様と如何に一つになれるのか、それが全体主義です。自分とは一体何でしょうか、との質問があれば、王様を中心とした国家全体だと答えるかも知れません。

それをストップさせてこそ次の時代です。
次の時代とは個人主義ですね。

2.教育。自分とは何か?

自分のことを考えるならば、全体主義のときはそれは王様を指します。自分の幸せや成功を考えるとき、それは王様の幸せや成功を考えるのと同じ意味です。そして、結果的にそれは国家全体が幸せであり成功していると考えていますね。

そんな全体主義が終わります。
そして個人主義が始まります。

では直ぐにでも新しい時代を始められるものでしょうか?フランスで市民革命を起こした人たちが、全く新しいライフスタイルを提案しても、大勢の人たちはまだ、幸せや成功は王様と一つになることであり、国家全体を考える状態です。

王様は確かに権威を失いましたが。
それは自分の権威を失うようなもの。

王様のために生きてきた今までが根強く残っているものですから、自分のためといっても直ぐには始められません。

そこで教育が必要となります。

王様が自分ではないという教育。
王様ではない自分とは何者なのか。

個人主義が始まった頃は、自分とは王様ではないことを学び、また教え、同時に全く新しい自分という概念を学び教えることが盛んでした。

それが啓蒙活動です。
自分とは体人間のことだと。

神の下で平等なのだから、体人間一人ひとりが幸せになり成功する権利を手にしているのだと。

3.観点の問題。海とお魚

啓蒙は必要なことでした。

もし啓蒙がなされず教育が行われなければ、せっかく全体主義から個人主義へと移り変わる事件が起きたものの、旧い秩序が完全にストップしないまま、新しい秩序がスタートすることが極めて難しくなっていたでしょう。

その結果、以前の全体主義よりも強固な全体主義へと逆戻りしていたかも知れません。現代にもまだ独裁国家が残り、激しい戦争をしているかも知れません。

全体主義から個人主義へと移り変わる観点から見て、啓蒙活動や自分を体人間だと教育することはとても素晴らしいものがあります。

しかし、その観点が永続するでしょうか?
個人主義が浸透した頃も必要でしょうか?

全体主義を離れる上では必要不可欠な啓蒙活動または自分=体人間を教育することであっても、あくまでも全体主義を離れる前提での話。

もはや時代プレートが個人主義へ移ったならば。更には、個人主義においてもマンネリが起こり、全体主義から離れる必要性があった頃のように、個人主義から離れる必要性が生じている今でしたら。

自分=体人間を教育することは間違っています。

そして実際、行き過ぎた個人主義は個人主義の秩序さえも自らが破壊してしまうかのような無秩序へと突っ切り、AIが体人間を代行し、チップが体人間に入り、体人間がチップになろうとする今から。

自分=体人間を教育すれば未来がありません。

4.心人間。令和日本が行く道

自分とは何か?

これに対する理解が足りないから、旧い教育をやり続けているのだと思います。同時に、今はもう新しい教育が必要なときに来ていることも見えていないのだと思います。

個人主義を離れて次の時代プレートへ。

歴史上でも初めてのこと。
世界中で他に誰も言わないこと。

それを令和哲学者が言っています。

自分とは何か?

これに対する理解を補う必要性をずっと、日本で25年以上も言い続けています。令和よりも前から令和のライフスタイル。令和の幟が立ってからは令和哲学者としてより一層。

心人間として。

令和日本が行く全く新しい道を教えてくれています。そして令和日本が世界に教えていかなくてはならない新時代を創る次元の違った啓蒙活動について。

令和日本にしかできない仕事。

5.恒久世界平和。世界基軸教育

恒久世界平和の実現。
その資格があるとすれば令和日本。

その根拠に是非触れてみて下さい。日本をこよなく愛するNoh Jesu氏と出会うと明確になります。スッキリします。わくわくします。

かつては、観点の問題を超えることができなかった教育水準だったために啓蒙活動には限界があり、世界平和は観念で終わりますが、令和日本には世界基軸教育として魅力的な候補が誕生しています。

全人類が共有できる内容。
誰もNoが言えない内容。

そんなことがあるのか。
あればよいが現実は。

そうですね。

真実と錯覚現実の関係について誤解があるから、そのように思うのでしょう。理想だが現実には無理だろう、と。しかし、真実と錯覚現実の関係について理解を深めることで、スッキリ通ることを確認し、わくわくすることでしょう。

世界基軸教育が必要なとき。
令和日本には候補があります。

6.答え。あります

自分=体人間

その観点でしたら、真実と錯覚現実の関係性を明確に理解できる答えはないだろうと思うのは全くその通りだと思います。しかし、

自分≠体人間

の観点でしたら、答えはないという主義主張は間違っているかも知れませんね。そして、心人間と出会うことで、明確になる世界があります。

答えはあります。
あなたも出会ってください。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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令和哲学カフェ

令和哲学カフェの醍醐味

令和哲学カフェが始まり1年が経とうとしています。AIが人間を代行する時代に向かう中、更にウイルスがパンデミックを起こしている今、今までにない全く新しい価値を生み出し続ける教育が求められています。かつて西洋で盛んであった啓蒙活動そしてルネサンスのように、日本から始まる新たな啓蒙活動とルネサンスが、令和哲学カフェから興ろうとしています。

本日のテーマは、「令和哲学カフェの醍醐味」です。

1.観点の問題からみた歴史の流れ

人類700万年もの間、ずっと発見されなかったこと。観点の問題です。令和哲学カフェではその概要を学べます。

観点の問題こそ宿命的課題。
それは人類の宿命的課題です。

この観点の問題があるからこそ、しかしそのことに気付いていない当時の人類が当時なりに頑張って、何とか危機限界を突破した結果、農業時代へと社会を前進させ、人類のライフスタイルを上昇させました。

一人のリーダーを中心にして協力団結し、そのリーダーを信じることで生存の危機を突破し、生存の安心そして安全、更には安定までを手にします。

後にリーダーは、王様となり、更には神と結託した王様となっていき、いよいよ国家らしい国家、王様らしい王様が成り立っていきます。

如何に神の意志と一つになり王様を中心に協力団結するかが、生存活動の安心安全安定へとつながっていきました。

全体主義の時代です。

このときは、神や王様を信じることで全体として全体がまとまり全体が幸せや成功を目指していくという主義主張です。

観点の問題が働いている中で。

このときは身分を創り、身分に応じたライフスタイルを全うすることで協力団結を図ろうとしました。ある範囲においては、観点の問題に対応できたかと思われますが、ある範囲を超える時がやってきそうですよね。

果たして、そのときは来ます。

2.ルネサンス。天地がひっくり返る

天地がひっくり返る話を聞いたことがありますか?大ショックの代名詞であり、ただ事ならぬ驚きを形容する際に使われる表現です。

表現元は、天動説と地動説。

ライフスタイルがゴソッと変わり、価値の大転換が起こるようになったルネサンス。西洋はルネサンスが起きたからこそ、富においても、勢力においても、教育においても、何から何までが東洋との大きな格差をつけるに至ります。

そのキッカケが天地がひっくり返る。
西洋のルネサンスへと展開します。

全体主義から個人主義へ。
農業社会から産業社会へ。
お米中心からお金中心へ。
軍隊組織から企業組織へ。

そして身分固定から身分上昇へ。

3.身分上昇。カフェなど啓蒙活動

イギリス産業革命やフランス市民革命が起こったことは個人主義の社会プレートを成り立たせる上で大きく貢献したものと言えるでしょう。

人々の暮らしは急速に高まります。

中でも個人一人ひとりにとって大変に嬉しかったことは、身分が上昇したことではないでしょうか?

それまでは、王様の息子が王様、身分の高い人の子どもは身分が高く、身分の低い人の子どもは身分が低く、奴隷の息子は奴隷、であると身分に固定がありました。

その越え難い絶対の境界線が破れます。

神の息子娘だから、神の下で平等。
人間同士で、身分格差はおかしい。

それを、特定の人間だけに絞って神を解釈するというのではなく、神に変わる新たな概念を導入して、誰もが皆んな平等に生きていこうと、広く教え、未だに身分固定の内に閉ざされている人たちに啓蒙しようとする動きが起こります。

カフェです。
カフェで語らいます。

カフェとは、そうした新しい時代を積極的に作っていこうとする人たちによる新たな場でした。

カフェに来る人たちは、時代をさきどる人たちに啓蒙され、続々と身分上昇に向けて積極的に活動しだしていきます。個人一人ひとりが主体的に動き、頑張れば権力をもち総理大臣になれるので、選挙で票を集めようとしきりに勉強し、人間力や人間関係力が身に付きます。

今の時代。

AIが登場し人間代行するとき。
ウイルスがパンデミックを起こす。

今また、天地はひっくり返りたいとき。
今また、ルネサンスを興したいとき。

まさしく!
起きている最中であります。

4.令和哲学カフェ。スタバを超える

ルネサンスが起きた理由は、発見があったからです。その発見と共に発明が行われ、新しい概念を受け入れる土台が共有されていったところにあります。

そしてカフェという場を通して加速。

そんなことが今の時代に、この日本で、起きてはいけない理由が何かありますか?絶対に日本からは始まらない理由はありますか?

そんなことはないでしょう。

そして、実際に起きています。
もう、始まっています。

人類700万年もの間、ずっと発見されてこなかった大発見があります。その発見と共に発明までがなされて日本に誕生して以来、進化し続けています。

そして新しい概念も共有されています。
共通土台が着々と構築されています。

更に、共通土台を共有しえる今までにない新しい場までもが誕生しています。それがスタバを超える令和哲学カフェです。

スタバがあっても、AIによる人間の尊厳破壊やウイルスが起こしたパンデミックの問題、それから米中覇権戦争がもたらす世界の疲れや日本の希薄な存在感に対して全く無力ですが、令和哲学カフェは違います。

日本から始まるルネサンス。
スタバを超える令和哲学カフェ。

YouTubeのLIVE配信とzoomによるLIVE配信。
緊急事態宣言の最中でも気軽に関われます。

5.ポストコロナに最高の価値

ポストコロナのライフスタイルはどのようなものだと思いますか?パンデミックが起こる前の世界に戻ることは在り得そうですか?もはや、パンデミック後の世界は、パンデミック前の世界とは全く別物になっていると、誰もが薄々は感じ取っているかと思います。

ですが、明確ではない。

世界は今、リーダーシップ不在で方向性が喪失している状態。不透明で不明瞭で不鮮明な中、一体78億人はどのように協力団結していけるのでしょうか?

まさしく、ここに価値が潜んでいます。

価値とは一体なんでしょうか?

問題が明確になることです。
突破口を明確にすることです。

問題を解決することで感動の連鎖が終わりなき大きく広がり続けることです。

人類が700万年もの間、ずっと気付いてこなかった根源の問題、根本問題を発見し、その解決の方向性を明らかにして突破口を視覚化し、更にはそれを味わった人たちによる感動の連鎖が起こるべく創造し続ける場が誕生すること。

ポストコロナに最高の価値ではないでしょうか?
まさしく、それが令和哲学カフェです。

6.おススメ。WHT出演

教育が変わらないとと言われだして久しい日本ですが、これは世界中でも言われだしていることです。よく考えてみれば、それも当然のことで、AI時代に代案は出ていないですし、コロナパンデミックに対しても右往左往している状態。

ここまで情報知識がたくさん溢れ、教授や専門家たちがたくさん輩出されているのに、リーダーシップ不在、方向性喪失という状況が長く続いている自体が、教育が変わるべきであると突き付けていると見るべきです。

今は全く新しい価値観が生まれるとき。
旧い教育では不可能です。

ここでおススメがあります。

令和哲学カフェのWHT出演。
ぜひ出演されてみて下さい。

短時間ながら、かつてのサムライたちのシャープな感覚が現代風に蘇るかのような経験を得るでしょう。

脳と心が対決している時代。
心の時代が幕開けようとする時。

令和哲学カフェで気軽に体感できるWHTは、世界のどこにも、歴史のどこにも、見ることができなかった最高の啓蒙活動であり、最高の教育現場であり、最高のライフスタイルです。

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nTech

最も哲学を必要とする令和日本

哲学なき教育、哲学なき経済、哲学なき政治、哲学なき文化芸術と聞いたらあなたは何を思いますか?強く頷き理解が深まるでしょうか?それとも今一つピンとこないでしょうか?

今の時代。
特に令和日本では。

1.生き残れない。哲学不在

哲学がないと生き残れなくなりました。

以前、書き綴った記事がありましたが哲学がないと生き残れない時代に突入しています。物質文明が終焉し終幕に向かう中で今は、新文明を創建し全く新しいライフスタイルを築いていくのが楽しい時でもあります。

2.物質文明の終焉。精神文明の胎動

文明は技術と共にあります。
人間と共にあります。

ですから新文明が胎動するには技術が一新されることでもあり人間がゴソッと変わることでもあります。物質文明を胎動させ成長発展させてきたのは科学技術であり体人間でしたが、これが一新しゴソッと変わる時に精神文明が胎動します。

3.認識技術nTechの可能性

それこそ科学技術を補い上昇させる認識技術であり心が自分であり心が人間だと分かっている心人間のことです。

科学技術は瓶鳥の中を開発開拓するのだったら認識技術は瓶鳥の外を啓発するものです。また、体人間を磨き体人間を便利にする科学技術に対して認識技術は心人間を磨き心人間が住まう良き環境を創造し続けます。

だからこそ、です。
哲学なくしては始まりませんね。

物質文明は、不完全学問によって成り立っていることもあり、お互いの分野で相互作用は起こらず、美しい連携、連動は見られません。

教育、経済、政治、文化芸術の間で。
また、細分化された教育の間柄でも。

何よりも哲学がありません。

本ブログに興味をもち本記事に興味をもったあなたなら哲学なき〇〇という表現にしっくりくるのではないでしょうか?

そして哲学があればいいのに、とも思う。

哲学のある教育
哲学のある経済
哲学のある政治
哲学のある文化芸術

それが良いとあなたは思うことでしょう。

4.哲学不在。認識形式(観点)の未発見

理由があり今までは哲学が不在でした。

カントがいう認識形式(観点)の発見がされず、何となく感じたとしても明確ではなかったからです。

ですが今。

令和の幟が立ち、AI(人工知能)による無用者階級という危機的状況に追い打ちをかけ新型コロナウイルス感染拡大による体・経済・心の破壊の加速が進んでいる時に。

哲学なくしては生き残れません。
物質文明は終焉しているからです。

今は共滅の危機であり、同時にwin-win all-winへと力強く歩む絶好の機会でもあります。間違いなく哲学の果たす役割は大きいでしょう。

5.やりましょう!令和哲学

令和こそ哲学。
令和日本が必要とする。

令和哲学。
やりましょう!

お読み下さり有り難うございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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Noh Jesu

映画「鬼滅の刃」とは何か?

これはただの映画ではないですね。

多くの方が指摘されるように、少年漫画の位置づけである漫画「鬼滅の刃」は、しかし少年たちだけに受けているのではなくて、年輩の世代とりわけ女性たちにも大うけしているといいます。興行収入の歴代記録を次々と塗り替えているのも頷けます。

この人気は一体なんなのでしょうか?
映画「鬼滅の刃」のヒミツとは何でしょうか?

令和哲学者Noh Jesu氏は明確に言います。
島崎はこれに衝撃を受けると共に感動します。

映画「鬼滅の刃」はただの漫画ではない。
歴代最高の学習教材であると。

今あるどんな学習教材よりも、今までのどんな学習教材よりも、遥かに価値が高くて素晴らしい学習教材だと言い切ります。

耳を傾けるとその根拠や背景に驚きます。

一体どれだけの人が映画「鬼滅の刃」を見て、映画「マトリックス」との親和性に気付くだろうか?気付くだけではなく、その解析が人類歴史、人類文明とも繋がった解析となっているんですね。

つまり、映画「鬼滅の刃」と映画「マトリックス」の親和性のみならず、明治維新がどういうことであったのか、国家ブランド「Made in Japan」が如何なるものであるのか、どのようにして破壊されていったのか、世界に一番影響力をもつアメリカのヒミツとは、などなど、ここには書ききれないほどのことを添えて解説を入れてくれているんです。

まだあります。

哲学とも。
つながる。

えーーーーっ!?

本記事を読まれているあなた。
もし映画見ていたなら考えて欲しい。

哲学者「カント」「ニーチェ」「ドゥルーズ」と映画「鬼滅の刃」それから映画「マトリックス」をつないで話すことが出来ますでしょうか?

もちろん、数学や物理とも親和性高いものとしての解析を入れてくれていますよ。何せ、真の哲学は数学や物理を引っ張っていくもの。哲学を引き合いにする時点で、数学や物理に矛盾があってはいけません。

あなたの周りにはいるでしょうか?
あなたが知る知識人はどうでしょうか?

これは世界どこを見渡してみてもいないであろう独特な解析、それでいて人間でいることの素晴らしさを明らかにしてくれる内容に惚れこまずにはいられません。

映画「鬼滅の刃」の解析。
令和哲学者による解析。

彼が語るならこうなります。

歴代最高の学習教材だ!

本日も読んで頂いてありがとうございました。宜しければ別の記事もお読みください。