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Noh Jesu

解明。人間関係の問題発生原因

仕事の悩みの大半は人間関係と言います。
恋愛の悩みは大半が人間関係と言います。

大半の問題は人間関係にありまして、その人間関係の問題を起点として様々な問題へと派生していきます。

何事にも因果法則は働きます。

誰もが皆んな、できるなら原因で解決したいと思っており、人間関係の問題も原因から解消できるなら、こんなに喜ばしいことはないでしょう。ところが、人間関係の問題は一体何を原因にして発生しているのかを発見した人はいません。大変な盲点があるからでしょう。

そこに対して令和哲学者。
またまた世界初歴史初シリーズです。

人間関係の問題の発生原因。
それは言語エネルギーの因果アルゴリズム。

その秘密を解明しました。

人間関係の問題の発生原因・言語エネルギーの因果アルゴリズムの秘密を解明!

言語を扱う主体を、あなたは誰であると思いますか?あなたであればきっとあなた自身だと思うでしょう。体の範囲のあなたが言語を扱う、と。

しかし、そうではないと言います。

そのことにより、心の世界には役に立たない暗記言語の問題点を指摘し、新しい言語を開発することに成功しました。

どれくらいの大偉業なのでしょうか?
令和哲学カフェでも触れています。

令和哲学カフェバナー
AI時代の新しい基準点とは?スタバを超える夢をもつ令和哲学カフェ。令和哲学者Noh Jesu氏と共に


ぜひあなたも確認してみて下さい。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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絶望シミュレーションワークショップ

令和哲学者Noh Jesu氏による絶望シミュレーションワークショップに参加してきました。

最初から貴重な内容。

世界的知性のユバル・ノア・ハラリ氏によるサピエンス全史とホモデウスの内容を引用して、人類歴史がどういう脈絡をもって今現在にまで至っているのかを整理しました。

これだけでも大層価値が高い。

世界的にヒットした著者ですが、内容は非常に難解で、一体何を書いているのか分からない人も大勢いると聞きます。

キーワードに沿って整理していました。
とても分かりやすいものでした。

特に印象的であったのは、虚構。
ホモサピエンスの繁栄には虚構があったと。

まさしく現代に同じことが言えます。
nTechとも非常に相性の良い言葉。

そこから絶望を語るワークショップがあります。3分間の時間で、78億人にとって如何に絶望であるのかを訴えるトークバトル。トーナメント式で勝ち上がってくるというもの。

勝ち負けも話し合いで決めるという。
公開的な基準がなく独特な決め方。

それにしても絶望とは何でしょう?

理解するという観点から絶望を整理している人は世界にどのくらいいるでしょうか?理解とはスゴイもので、理解できてしまったら、必ず前進が起こりますから、絶望を理解するの意味は絶望を撲滅するという意味でもあります。

それも正しい絶望であり、究極の絶望。
そんなことの理解を済ませてしまうという。

体人間としての体験経験からくる絶望は正しい絶望でもなければ究極の絶望でもない。特に、体人間として体験経験するまでの前段階に関する関心を寄せていないことは大変に致命的であるというガイドには頷きました。

どういうことか?

自分の見てる認識画面と全く同じ認識画面を見ている人は一人もいません。1分も1秒も、見てくれていない。

そのことをどう思うか。

このことに関心がないまま、彼氏彼女に振られたとか、子どもが亡くなったとか言っても、罠に掛かった動物のように前進すればするほど罠が深く食い込むかのように苦しみや悩みが増すどころか、絶望の突破には少しも影響が及ばないという事実。

苦しみや悩みだけが深まり。
絶望は晴れないという。
寧ろ繰り返すという。

絶望を構造で理解すること。
これはとても大切なこと。

78億人に共通する絶望の構造とは如何なるものでしょうか?そして、思惟することで到達する哲学的な絶望とは如何なるものでしょうか?

ぜひあなたもそこに思いを寄せてみてください。

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Noh Jesu

東京五輪。令和哲学者Noh Jesu

イマイチ盛り上がりに欠ける東京五輪。世論は国民の8割が東京五輪開催に反対していると言います。パンデミックが起こした様々な不安要素が解消されない中で、開催しても問題だし、開催を中止しても問題だという舵取りの難しい状況。できれば団結したくて堪らない日本人気質はどう反応するのが良いのでしょうか?

本日のテーマは、「東京五輪。令和哲学者Noh Jesu」です。

1.問題発見。論点の変化

2021年6月23日。

令和哲学カフェ特別企画として始まった徹底討論。テーマ「東京五輪開催は、危機なのか、チャンスなのか」を元に、出演者4人は、賛成派2人、そして反対派2人の構図をとって、多様な観点から賛否について論争を交わします。

島崎の感想の記事もご参照ください。

http://shima-zakky.blog/event/reiwaphilosophy-cafe/tokyoolympics-crisisorchance/

開催するべきだ
開催を取りやめるべきだ

どちらの主張も分かる気がしてきて、どちらの主張ともをまとめるのが困難に思えていた頃、令和哲学者Noh Jesu氏の介入により様子が激変。

それは、論争すべき議論の中心軸を変えないといけないというものでした。これに関しては、以下の記事を参照ください。

http://shima-zakky.blog/event/reiwaphilosophy-cafe/tokyoolympics-nextagenda/

これには唸りました。
確かにそうです。

今や、開催は決定。

もはや、取りやめることを実現させれる勢力は日本国内には居ないと分かるべきときです。それであれば、議論の中心は、開催するとするならば、その中での最悪をイメージすることと、最高をイメージすることだという。

論争がパッとしない問題が一体なんであったのか、ハッとさせられた令和哲学者による介入でした。

ぜひ、特別企画徹底討論を見て下さい。

youtu.be/WLmL0XUAgGM

主体性を発揮しようとするあなたでしたら、とてもワクワクしつつ良いショックを受けるかと思います。

2.絶望シリーズ。最悪をイメージ

本ブログでは、nTechの凄みを再確認しつつ日常生活習慣を変化させる素晴らしい原動力にもなるとして、絶望シリーズを書き記す記事があります。

ぜひ、blog内検索をしてみて下さい。
タグ”絶望シリーズ”で辿れます。

究極の絶望をイメージできてこそ、そのイメージを破壊することが出来るがゆえに、実は究極の絶望こそが究極の希望だけがあることに到達する正しい方向性であるとnTechでは言っています。

それと似ています。

最悪の状態を先ずはイメージできることはとても大事ではないかと思います。Noh Jesu氏はそのことを言っています。それで続編として、最悪のやり方とは何で、最悪の結果物とは何であるのかを徹底討論しましょうというものでした。

開催前の最悪とは何か?
開催中の最悪とは何か?
開催後の最悪とは何か?

これについて、出演者たちを囲み十分に主義主張し、プラスアルファしていきます。

続いて、最高の状態をイメージ。
同じく出演者たちは出演者を重ねます。

一通り受けて令和哲学者による介入がまたハッとします。次の一言が衝撃でした。

“これくらいを最高と言うのであれば・・・リスクと比べたらこれはちっちゃいね。これを最高というなら哀しくなるね。それでもこれが嬉しいと思うなら日本の率直な感想なんだね。それくらい今、危ないと思っているんだ”

“この成功期待がちっちゃい。これではその成功を得ることはできないよ。もっと大きい成功期待が必要。それをブレークアウトセッション SSMやりましょう”

果たして。
どのように整理されるものでしょうか。

3.Noh Jesu氏。提言

令和哲学者は日本を心から愛していますね。それがよく分かる提言でした。最悪のイメージにしても最高のイメージにしても、to live best生き方のモデルが何であるのかを分かっているからこその彼の提言であることが伺えます。

危機でありチャンスである東京五輪。
私たちはどのように開催を迎えるのでしょうか。

3.1.変化。東京五輪から

驚いたのは次の規定でした。

ウイルスとの戦争に勝利する人類。
その東京五輪にしよう!

彼は、21世紀の悟り人。
全ての差を取った存在。

ウイルスのことも人間のこともよくよく理解しているからこその次なる主張がとても斬新でした。

携帯用アルコール消毒をもつ。

マスクは皆んな習慣化できました。次は、携帯用アルコールをもって、手が触るところはウイルスが住むところ。ここに戦争の道具として、携帯用アルコールを持参して、触るたびに、シュッとしましょう、、、とのこと。

これだけでウイルスを制圧。

東京五輪をキッカケにして真のオリンピック精神に戻ろうという話でした。元々、オリンピック精神とは、一番深い根っこには尊厳があるとのこと。絶対尊厳。人の上にも下にも、何者も置かないという絶対尊厳。その下で、恒久世界平和があって、次に、生活哲学があり続いて強い精神、最後に健康な体がくるからこその金メダル、銀メダル、銅メダルということ。

今までは、健康な体だけに焦点を当てた。
東京五輪を源泉に戻る良い機会とする。

その意味でも、尊厳と恒久世界平和に続いた生活哲学として、ウイルスに負けた人類などではなく、ウイルスに勝利した人類として、携帯用アルコールを誰もが皆んな持ち、クリーンエリアを広げていく。

3.2.覚悟。生きる姿勢

令和日本を愛する令和哲学者。
生きる姿勢が光ります。

続いて、このように言いました。

責任を取る文化を始めましょう。もし何か問題が起きたら、自民党政権国会議員全員が辞職して二度と国会議員をやらない決断と宣言をしてほしいとのこと。

総理大臣一人を責めるとかではなく。

自民党政権国会議員全員がその覚悟をもって国民に働きかける。これで、皆んな納得して一致団結できるから、ぜひやりましょう。

もし問題が起きず成功したら。
自民党政権は続いていくことでしょう。

大変驚きました。
しかし嬉しかったものです。

政治を司る人たちだけの話に限らないと思います。令和哲学者自身が、このような姿勢でいることを日頃から感じていましたが、こうした発言を公開的に名言するのは只ならぬ勇気と決断であることが分かります。

リーダーとは何か?
そんな話にも思えました。

3.3.明確な方向性を知らせる

人間が一番好きなことは心の安心 安定。そんな施策や政策を行うことを具体的にして国民に知らせることが大事。

政策 ビジョンを出すこと。

人間が一番嫌いなことは不安ですものね。今、日本では、日本人が最も不安心理に駆られていると思います。まさしく危機的状況の一つでしょう。

そんな不安心理を振り払うことと関係のない施策や政策は、国民の信用や信頼を失う行為だと見られても当然ですね。

安心と安定を約束できる施策政策。
具体的な方向性を示してください。

自民党政権の国会議員の人たちを中心に。

3.4.共有すること

今が、危機でありチャンスであること。
それを、国民の皆んなに共有すること。

一体どのような危機であるのか?
どこまで最悪な危機が来ているか?

それから、どのくらいチャンスか?
世界に影響力を発揮するチャンスなのか?

それを皆んなに分かるように共有すること。

4.日本の底力。日本の仕事

日本には日本にしかできない仕事がある。
令和哲学者はいつもそういいます。

ウイルスに勝利した日本文明として世界にアピールできる絶好のチャンスが今の時であり、今後100年や1000年を決めるほどの重要なターニングポイントが来ている。

この時に、日本の仕事をすること。

島崎は、心の時代を切り開くことだと思います。物質文明終焉のとき、認識技術nTechを駆使して英雄産業を切り開いて、精神文明を築き上げる。

東京五輪を皮切りに。
真のオリンピック精神に戻して。

尊厳と恒久世界平和の下での生活哲学。
集団で生活哲学を取り組めることの強み。

集団で決断した経験をもつ唯一の国。日本。

5.恒久世界平和

nTechがあれば可能です。

全ての問題は根源的な問題。
観点の問題から来ています。

パンデミックもそうです。
AIの危機もそうです。

観点の問題を完璧にクリアする認識技術nTechがあれば、全ての問題を根こそぎ解消するし、現実的な問題を全て解決する現実力を身に着けます。

英雄集団日本。
英雄産業の胎動。

その機会として東京五輪。
高度経済成長に行きます。

ウイルスとの戦争に勝利した日本として全世界にアピールできたらこんなに危機をチャンスにひっくり返すことはないでしょう。しかも、東京五輪を皮切りに、本来のオリンピック精神へと戻し、真の女性性を発揮する良い起点となれば次のオリンピックから蓄積されていく大成功の連続として、どのくらい日本が貢献したことになるのでしょうか。

まさしく東京五輪が平和の祭典。
恒久世界平和を実現する一歩。

科学技術が終焉のときに。
認識技術nTechで。

6.スタバを超える令和哲学カフェ

スタバが解決してくれるでしょうか?

体の健康も、経済の健康も、心の健康も、何一つ解消してくれないスタバです。また、東京五輪についても沈黙しているスタバです。

ですが、令和哲学カフェは違う。

東京五輪について提言する令和哲学者とそこに集う出演者たちの勇姿。あんな場は、スタバはもちろん、他のどんなカフェにもありませんし、西洋発の不完全学問では無理でした。

そもそも科学技術に信頼があれば。
ここまであたふたしません。

おススメします。
令和哲学カフェ。

①東京五輪は危機かチャンスか徹底討論! https://youtu.be/WLmL0XUAgGM

②東京五輪の最悪のやり方 最高のやり方を徹底討論! https://youtu.be/4FCuru3OJ10

ぜひ、特別企画の徹底討論にて確認してください。令和哲学カフェの夢はスタバを超えること。この2日だけでも、明確に超えています。

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令和哲学カフェ

東京五輪。開催決定!ならば…

来月開催が決定している東京五輪。国民の8割が反対しておりメディアを中心として日常生活としてもイマイチ盛り上がりに欠ける東京五輪。この時に一体、何を議論して、どの方向へ全体として向かうべきなのでしょうか?

本日のテーマは、「東京五輪。開催決定!ならば…」です。

1.開催の是非。令和哲学カフェで実施

昨日6月23日の令和哲学カフェでは、東京五輪の開催の是非を問う徹底討論をやっていました。特別企画として令和哲学者が発案したものです。

反対派2人。
賛成派2人。

それぞれが多様な観点によって主義主張を展開し、相手を説得または視聴者へ訴えかけていました。

令和哲学者の特別の計らいで一般公開です。

本ブログを好んでくれているあなたには是非、見て欲しいです。スピード感あふれる論理展開と、賛成派にも同意したくなるし、反対派にも同意したくなる心理が浮き上がるかも知れません。

いったい、賛否が分かれる問題を。
どのようにまとめあげるのでしょうか?

2.令和哲学者の見解

令和哲学者Noh Jesu氏の見解は衝撃でした。
その議論は終わったという前提。

そして、早く次のステージへ移動するべき。

順に追っていきます。

令和哲学カフェで行われたのは徹底討論でした。開催の賛成派2人と反対派2人が、順番交互に主義主張を展開します。それも多様な観点から言い放たれる論理展開です。

特筆すべき点ですが。
どちらの論理にも理解納得がいく。

3,4周ほど回ってからのこと。

令和哲学者Noh Jesu氏が介入します。
まずナビゲーター役に振ります。

“どんな質問を投げてみたいですか?”

荒牧氏が、彼の見立てを語ります。
まさしく今の日本の縮図であると。

反対派は、「うっせぇうっせぇうっせぇわ」の状態で、どうあってもお前の話は聞きたくないという不信状態が凄まじい。

“不信の根っこは何だと思いますか?”

と尋ねながらNoh先生が解説。今は、全世界を取り巻く勢いで科学技術に対する不信、西洋発の学問に対する不信があるとのこと。

ワクチンの機能
ワクチン接種
効果の有る無し
副作用の有る無し
・・・
・・・

同じ学問を学んでおきながら、四方八方で言われていることも違うし見解も違うし現れてくる結果も違う。

科学技術に対する不信が露わになっていると。

そんな不信状態の人のNoを説得してYesへとひっくり返さないといけないのだけど、それが出来ないままに次へ行ってしまう。本当は、賛成派の人たちも、反対派の人たちの不信を信頼へ、不安を安心へとひっくり返さないといけないのに、それができないから格差が広がり結果的にダメージを受けてしまう。

それよりも何よりも重要なこと。

実は、反対といって開催を止めるようにさせる現実力を反対派の人たちはもっているのか、という問題提起でした。既にもう、総理大臣は元よりG7レベルでも開催が決定している状態になっており、日本国内にはもう、その流れを止めるようにさせる現実力をもっている組織はないとのこと。

実際、そうですね。
本当、そうですね。

3.問題発見。論争の中心軸を移動

Noh先生の主義主張にハッとします。

現実力をもたない人たちが未だに反対といって流れを開催中止にできる時期はもう過ぎているために、開催するしかない状態。

確かにそうですよね。
一体だれがなし得るのでしょうか?

既にそんな実践力がなかったからこそ、菅総理大臣がG7で発言するようになっているのでしょうし、日本のリーダーが方向性を示したのだから、少なくとも日本のフォローはその方向性に全力を投じるべきなのでしょう。

Noh先生はそのように言います。

賛否が分かれるような、開催の是非を問う議論ができるタイミングはもう終わったので、そのステージでの論争ではなく、次のステージへと早く移動しましょう、と。

反対派であったとしても。
開催はするんですよ、と。

そこで次に議論すべきテーマが上がります。

4.議論すべきテーマ

開催はされます。であれば、その開催を一体どのようにやるのか、という点。そこで両極をイメージしてしまおうというもの。

最悪のやり方とは何か?そして最悪の結果物とは一体何なのか?
最高のやり方とは何か?そして最高の結果物とは一体何なのか?

これについて論争するときだ、と。

一番、最悪のときのイメージが明確にできてしまうこと。そして同時に、一番最高のときのイメージを明確にできてしまうこと。これらを皆んなが分かってしまうことで、日本は必ず動くから、まずは、そのような論争が起きて一番最悪なときと一番最高な時をイメージしてみましょうという。

素晴らしいアイデアだと思いました。

5.問われる参加姿勢

昨日6月23日の令和哲学カフェ特別企画に続き、本日6月24日もまた続編ということで、昨日のテーマから中心軸を移動させて、次なるテーマで徹底討論するようです。

開催はする。

では最悪の時のイメージと、最高の時のイメージをそれぞれできるためには、一体どう向き合えば良いものでしょうか?

Noh先生の言葉がまたも光ります。

“善と悪がある。今だったら善を選択するのは難しくない。善は簡単。だけど、全の中でも99.99…%と100%がある。それを見分ける繊細な心が必要”

どうですか?
これ。

令和哲学カフェ第3期の初日。
まさしく被る内容でした。

一体なにが最悪なのか?
一体なにが最善なのか?

究極としての、最悪を最善へとひっくり返せるのであれば、ミッションのある日本であれば瞬時に反応する気配を感じます。

まさしく日本の仕事。
令和日本の使命。

6.未来を決める令和日本

Noh Jesu氏はいつも言います。
このテーマでも言っています。

日本には使命がある。
日本にしかできない仕事がある。

聞けば聞くほど深みを帯びて聞ける言葉です。島崎はまさしくそのように思っています。世界との対比で日本を見る時、特に日本を一つの文明で見る時、それが浮き彫りになると思います。

来月7月18日には、グローバルトゥルーサーズをやりますが、そこでは真実を究明する哲学者たちが世界から集まる一大イベントをやります。

https://truthers.jp

Noh Jesu氏も参加。
ぜひ確認してみて下さい。

日本の仕事、日本の使命、日本文明の底力。世界との比較、文明歴史の脈絡からみて、本ブログを好んでくれているあなたからしたら、感動深まるかと思います。

7.おススメ。令和哲学カフェ

今晩、やります。
令和哲学カフェ。

特別企画の続編。
おススメです。

令和哲学カフェ特別企画続編 徹底討論。東京五輪 最悪をイメージし最高をイメージできるか?

間違いなく日本で最先端の議論の場であり、世界の知性が光り輝いた現場となっていることでしょう。

だからこそあなたにはその現場にいて欲しい。

http://reiwaphilosophy.com/?p=8275

日本列島があなたなのではなく、あなたこそが令和日本。Noh Jesu氏はいつもそのように言います。

zoom参加とYouTube視聴参加があります。

ぜひ、お好みの方を選択して参加してください。ちなみに本日、島崎は運営スタッフです。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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nTech

因果関係。錯覚現実相対世界

文明先進諸国に共通する深刻な問題の一つに雇用問題があります。実は、AI(人工知能)が登場するまでもなく、長い時をかけて、仕事場から人間の居場所がなくなってきています。

テクノロジーが変わりイノベーションが起こりライフスタイルが変化することで、旧き職を失ってきています。

雇用問題は大変深刻な問題です。

一方で、旧い職を失うものの新しい職が必ず生まれてくるという体験からくる経験論や、期待が見え隠れする楽観論もあります。今までもそうだったのだから、今からもそうなるという論理です。

今までの成長レベルでしたら、その通りでしょう。しかし、ディープラーニングで飛躍したAIや、今からまだまだ飛躍するAIは最早、成長レベルを通り越して進化レベルと言っても過言ではありません。

体の延長を助ける道具でした。
脳を直接助ける道具の登場です。

随分と様相が変わります。

人間を上回る知能の持ち主はゼロでした。
それが遥かに上回るのがAIたちです。

今までとは勝手が違います。

ところで、人間は錯覚現実相対世界で生きる以上は必ず、因果関係に支配されるようになります。

時間に逆らえますか?
重力に逆らえますか?
飲食せずとも生きられますか?
生老病死から自由ですか?

必ず、原因があって結果があって、その法則から抜け出ることが出来ません。数学や物理学など、科学技術も因果関係の下に成り立っています。

社会も因果関係によって成り立っています。
生きていく上では因果関係の束縛を受けます。

雇用問題も、そのような原因があって起こる結果現象。だから、錯覚現実相対世界でそんな結果現象を変えたいのであれば、原因を変化させるしかありません。

ですが、原因にはそのまた原因があり、更にそのまた原因があって、第一原因までさかのぼれるかと言いますと限りがあると思いませんか?

例えば、あなたを生まれるようにさせている原因は、父母だと思いますが、更にその父母、更にはその父母とどこまでもさかのぼるとき、あなたはそこにいますか?

また、雇用問題にしましても、ディープラーニングの技術や進化するAIなどを支えている技術の背景にある概念は、日本独自で誕生したものではなく、アメリカやイギリスなど西洋を根源として生まれたものばかりです。それは科学技術だけでなく、経済や政治や文化芸術などの尽くが西洋の恩恵を被っています。そのときの西洋にあなたはいますか?影響を与えれるでしょうか?

人間は、自分の自由なる意思が働いていると一見、思えますが、第一原因までさかのぼることには限りがあり、実に多くのことにはあなたの自由意思は働かないかに見えます。

法律は簡単に変えれません。
税金も簡単に変えれません。
雇用問題も長らく深刻です。

自由意思がそうは簡単に通らない因果関係の中で一生懸命生きること。一体どんな意味があるのでしょうか?自分よりも先に影響力をもった存在を原因として、結果現象のあなたの今があります。

前提を覆さない限りは。

それは一人では難しい世界です。だからこそ、一緒に取り組みたいと私は思っています。一緒に前提を覆しませんか?

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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人間。正しく知りたいけど

令和哲学カフェでは哲学者らしい哲学者として認める偉大な哲学者カント。令和哲学カフェでは令和哲学者曰く「彼は哲学とは何かを整理した唯一の哲学者」「カントの言っていることを正しく理解している人がいない」とありますが、初めは理解できなかったことも毎日開催されている令和哲学カフェですから、よくよく理解が深まってきます。

そんな島崎は哲学者カントに尊敬の念を抱きながら、令和日本はカントの意志を継承し哲学が弱い日本でこそ逆に哲学ブームを興したいと思うようになりました。

哲学者カントの偉業は別の記事に書いてます。
ぜひ、そちらをお読みください。

カントは、人間は一体、

何を知るべきか?
何をやるべきか?
何を希望するべきか?

という人間人生の根源的な問いを放っており、カント自身がこの問いに誠実に答えようとしています。カントよりも前の哲学者、そしてカント以降の哲学者も、カントの問いかけの理解と、カントの深い洞察を正しく理解している人がほとんど居ないということで、一体どのくらいカントが深い世界のことに触れていたのか、そして伝えようとしていたのか、染み入るものです。

カントの偉大さはある重要な発見にあります。

カント前までの哲学者たちが明らかにできなかったことをカントが明らかにしたことの一つとして、人間は一体なにを知ることができるのかという問いに対して、ここまで、ここから、という線引きを引くことでした。

知ることの限界を示します。

人間は、体験しなくとも知ることはできるよということを言いつつ同時に、知る領域に限りが必ずあるよと示すことに成功したことで、それ以外の領域があるということをハッキリと示唆します。

人間は、全てを知ることができますか?

あなたは今、素粒子の動きを見たり、ひもの振動や膜の動きをとらえることが出来ますか?そうした存在を知ることも難しいですが、存在の動きや存在を成り立たせている働きなどは分からないですよね。

あなたは今、地球の活動を見たり、太陽の活動を見たり、銀河系や宇宙全体の動きを見ることができますか?天体の存在を知ることは困難ですが、天体の動きや天体そのものを成り立たせている働きなども分からないですよね。

存在の外であったり空間の外。
存在させたり空間を成り立たせているもの。

あなたがもし、ボールペンのことを知っているとしても、ボールペンを成り立たせている膨大な背景までを知っている訳ではありませんから、実は本当の意味ではボールペンを知っているとは言い難いでしょう。

実際、あなたはボールペンを創るノウハウはないでしょうし、ボールペンを創るようにさせている知識や技術の更なる背景は知らないでしょう。

このことで分かること。

正しく知っていることはありません。
全体を分かってはいません。

まさしくカントが言っている世界です。

さて、カントがいうように認識形式(観点)を持っている以上は知る範囲に必ず限界が生じるので、必ず部分を見るようになります。

このような状態にあること。
これが初期設定であること。

このことを知らないままで、そして理解しないままで、人間が幸せを追求したり、成功しようとする様をあなたはどう思いますか?

幸せになろうとしている正にその瞬間、その人間が正しく知っていることがありませんし、それまでも、それからも、ないことがその人間に働いている初期設定だということを。

果たしてそのままに放置しておいても良いのでしょうか?

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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偶然の人生

人間が生きる環境は、文明社会環境から地球環境、そして宇宙空間などがあります。これらを物質的な環境で見ると、物理的な因果法則に則り決定論的な必然が隠れていると分かります。

物理の宇宙は、数学的に正確に運動する。
一方で、観察を精密にしていきますと。

必然に思えた全ての出来事は量子力学からひも理論、M理論となるにつれて、激しすぎる動きによっておこる現象であり、必ずしも全てが決定しておりません。正確に予測することが出来ません。偶然によって成り立っているように思えます。再現が出来ないんですね。

人間の意識から見たらどうでしょう。

生きていると様々な出来事があります。
その出来事は意思通りになりますか?

あなたがいる場所は大雑把に見れば地球。
そして地球があるのは太陽系ですね。
更には銀河系があって宇宙空間があります。

それぞれの存在とその存在は動いていますが、そのような存在たちの動きをあなた自身の意思で動かすことは可能ですか?

宇宙空間内の動きに対して。
あなたの意思が働かない。

それはあなたの意思と繋がった出来事とはならず、あなたが起点となって出来事を仕掛けるという言わば事件を起こそうとすることは出来ませんよね。

宇宙空間内の存在と動き。
それは偶然の産物であると。
あなたの意思も介在しません。

そして、あなた自身が体人間として生まれてきた時でさえ、あなた自身の意思は働いているのかというと、、、

あなたが誕生したときのことです。
それは必然ではなく偶然の産物。

偶然によって成り立ち、偶然の土台の上に偶然の産物としてあなたが誕生してきました。生まれてからの人生はどうなりそうですか?

偶然の人生。
偶然によって成り立ちますね。

体人間あなただけではなく、体人間であれば誰もが皆んな偶然によって成り立っています。意思をもって取り組むこと一つひとつは偶然によって成り立った結果であり、偶然に囲まれて、偶然のものとして、偶然に起こる出来事が目の前に現れてきます。

体人間あなたがどんなに一生懸命に何かをやろうとしても、それは偶然。偶然の人生。そのことにどのくらい一生懸命に取り組む意味があるというのでしょうか?

一方で。

体人間であれば偶然によって成り立ちます。
しかしnTech令和哲学の立場は違います。

nTech令和哲学が案内する本来の人間。

宇宙を1回だけ創って壊せない神よりもスゴくて更にスゴすぎる本来の人間。そうであれば必然。

全てが必然であることが明確に分かります。
その観点から体人間で生きることを見ますと。

偶然によって成り立っている体人間人生。

一生懸命生きることが一体どのくらい意味があるのでしょうか?偶然によって成り立つ世界で懸命に生きても意思が通らない偶然の結果とだけ出会う。

そこでは絶対尊厳とは言えませんね。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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誰の人生?生死は自分で…

今は全体主義の時代プレートと違いますから、王様を中心としたライフスタイルではありません。ですから、誰の人生を歩むのかと言ったときに、王様の人生を歩んでも良いですが、必ずしも王様の人生を選択しなくとも良いですよね。

体人間個人から見たら、自由です。
誰の人生を生きるのかの選択権があります。
選択肢が王様以外に増えています。

そして個人主義の時代プレートでは、必須という訳ではありませんが、その推奨される選択を体人間個人においています。

自分の人生を生きたい

その様に思うことが許されるのは全体主義の時代プレートから離れて、別の時代プレートへと進化してきたからです。では本当に自分の人生を生きていると、本当に言えるものでしょうか?

王様が自分の自由にできたのは選択肢の中から自由に選択できたことです。幅広い選択肢があって、自由に選べました。個人一人ひとりの概念は当時はなくて、王様の認識画面と如何に一致させて王様が幸せになるのかを一生懸命に考える生き方が最高とされたものです。

体人間個人が自分の人生を生きるということは、自分の認識画面を存分に選択できることでしょうし、体人間自分自身の幸せを一生懸命に考えることなのでしょう。

そして全体主義の時代プレートと違って大変に有り難いのは、王様の命令に沿って体人間自分の命を捨てなくても良いという事です。

あの時代は戦争が当たり前です。
戦争が始まれば命は王様のもの。
実は戦いでなくても、ですよね。

王様の気分一つで、罰せられて命を落とす体人間個人は沢山いました。王様と一つになるとはそういうことです。個人主義の時代プレートでは、王様に生きること、死ぬことの権利までも委ねなくても良いのです。

漫画『鬼滅の刃』における冨岡義勇の言

「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」

が名言だとされるのは、そうした背景も一つ大きいのでしょう。

尊厳そのもので生きる姿を感じさせてくれます。

では生きることや死ぬことを選択する権利は本当に人間に
あるのでしょうか?あなたはどうですか?

体人間あなたが、生まれてくることを選んできましたか?そして体人間あなたが、死にゆくことを選んでいますか?

父親と母親がいてあなたがいます。
あなたが選んだのでしょうか?

寿命というのがあります。
不意に突発事故が起こるかも知れません。
あなたが選んだのでしょうか?

「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」

あなたが握っていますか?
自分自身の生殺与奪の権を。

よく考えてみて下さい。
これは大切なことです。

生死を自分で決めることができないのであれば、それを自分の人生だと言えますか?生死を自分で決めていないことが一体どういうことなのか、整理整頓しておかなくて良いのでしょうか?

このことを放っておいて、体人間個人主義だとして一人ひとりは一生懸命に生きています。

それで人間は輝くのでしょうか?
それで人間が生き生きしますか?
それが尊厳そのものと言えますか?

こんなことを放っておくから、様々な問題は山積していくのではないでしょうか?

生死を自分で決める。
生殺与奪の権を握り切る。

あなたが、中心です。

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人間は愛したい

愛したいのに愛せない。
どのくらい苦しいでしょうか?

本来、人間は無償の愛を注ぎます。
∞の愛を投入します。
愛は与えるもの。
あげて、あげて、まだあげて、まだまだあげる。

それが愛です。

ここまで、といった限りを設けないのが愛の特徴ですし、あげればあげるほど、まだまだあげたくなるのが愛です。終わりがなく、常に膨らみえるのが愛。

ところが体人間はそうはいきません。
なぜでしょうか?

あなたはどうでしょうか?

無償の愛をもらっていますか?∞の愛をもらって、もらって、まだまだもらっていますか?断言しますが、もらっていないでしょう。無償の愛を与えて、与えて、まだまだ与える体人間が世の中に居ないからです。

∞に膨らみ続けるならば。
今も常に常に膨らんでいる。

だけど、現状は経済活動に循環はなく、政治行政は不透明で、未来には希望を感じず、少子高齢化の文明病が先進文明諸国を襲い、地球温暖化がホモサピエンスを滅種に追い込もうとしている。一体どこに無償の愛があるのだ、と首を傾げたくなるほどに。

ただ、繰り返しますが本来、人間は無償の愛を注ぐもので、∞の愛を投入します。あげて、あげて、あげまくる。

人間は愛したい。
だけど、体人間は愛せない。

愛せないのが体人間です。
なのに体人間から愛をもらおうとする。

初期設定上、無理なことですが、一生懸命に愛をもらおうとする姿も、一生懸命に愛そうとする姿も、どれくらい意味があるでしょうか?その人生はどのくらい報われるでしょうか?

初期設定を超えない限り人間は・・・

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出会い不可能。会っているようで

人間は一人では何もできません。
生まれてきた時も一人ではありません。

必ず誰かと何かをしないと生きていけないようになっています。人は必ず他の人と出会うようになっています。

本日は、出会い不可能について書きます。

実は本ブログは、5人組を創ることを目的としていますし、英雄集団日本について書き綴る意志があります。英雄集団日本であろうとして5人組を創ろうとすることと、この出会い不可能というのは実は直結している話でもあります。

実は、よくよく見ると分かることですが。

人と人とは出会っていません。
出会い不可能が初期設定です。

一体、初期設定ゆえに人間には何が起きているのでしょうか?このことを理解することはとても重要です。

人間は、認識活動をしています。
5感覚を使って、脳で情報処理しています。

5感覚のうち、大部分を占めるのは目からデータを得る視覚ですね。視覚で得たデータを脳に送り、各部署に分けて処理をして、記憶と共に再融合して認識画面を創り上げます。

出来上がったその認識画面。
それが見るという行為です。

では自分が創った認識画面と全く同じ認識画面を創る他人はいるでしょうか?以前、本ブログでも記事にしましたが、1分でも、1秒でも、同じ認識画面を見る人はいませんよね。

母親や双子の兄、それから愛する旦那さんのようにどんなに身近な存在であったとしても、それから尊敬する先生や指導者、歴史上の偉人や賢人たちであっても、自分の立ち上げた認識画面と全く同じ認識画面を立ち上げる人は一人もいませんし、1回すらありません。

5感覚脳の認識に観点を固定する。
それは同じ認識画面は創らない。

そういう意味です。

例えるなら、全く違う時空間にいるようなものです。あなたが立ち上げた認識画面はまるで太陽系惑星の火星にいるようなものだとしましょう。そして、あなたがとても仲の良い人が立ち上げた認識画面はまるで太陽系惑星の土星にいるようなものだとしましょう。その他の人の認識画面は、火星にも土星にもいないということになります。

会話は成立しませんよね?
本来であればそうです。

ところが、不思議なことに同じ宇宙空間を共有しているからか、まるで同じ時空間にいるかのように、会話が成立しているように錯覚しています。

本当は、同じ情報知識ではありません。
データ元が、火星/土星/その他くらい違う。

同じデータを見ているようで実は、全く別のデータから始まっています。それが各々が創り上げた認識画面であり、見るという行為です。

出会い不可能。

会っているようで会っていません。

出会っていると思う人生は何でしょうか?
その人生は意味があるでしょうか?

出会い不可能。

このことに気付くことです。
問題を発見することです。

出会い不可能を横に置いておいたまま、一生懸命に交流しようとしたり、理解してほしいと思ったり、理解してあげようとすることに、人生の意味はありません。

今ここ、出会い不可能。
今ここ、出会いを可能にするには?

観点の固定がもたらす問題に気付き、時空間の違いを超えて先ずは全く新しい人生が何であるかを知ることです。

何故、5人組を創ろうとするのか、英雄集団日本だと何故言えるのか。そこにも繋がる話です。観点固定の問題を解消する新しい人間存在として今までにない全く新しい出会いが開けてくるからです。

出会い不可能。
観点固定の人生に意味はない。

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