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Noh Jesu

解明。病気の根本原因

ここについては多くを語りますまい。語らずとも、その意味や価値は十分に伝わると思うからです。

釈迦はこう言います。

生老病死。これは四苦であると。人間であれば、誰もが皆んな苦しむから、そのことをよく分かってね、と。そう言っています。

その内の、病。

その根本原因を解明したということで、まさか釈迦さえも驚きの大快挙。もちろん、当時にはなかった病気がこの2500年の間にも生まれましたし、今から新たに起こり得る病気がありますよね。そんな全ての病気の、まさしく根本原因。

生命としての病気もさることながら。
精神としての病気についても。

言うまでもなく世界初であり歴史初です。
病気の根本原因を解明。

何と言うことでしょう。
ぜひご確認を。

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Noh Jesu

世界基軸教育。素晴らしき道具

人類は道具と共に人間として誕生します。道具を使わない人類は人間ではないと言っても過言ではないほどに、道具を当たり前に使うのが人間です。

文明社会は道具に溢れています。
道具の数だけ不可能を可能にしました。

道具とは、人間にとって不都合で困難な状況を克服する上で扱う重要なものです。文明社会は道具に溢れ道具に囲まれていますから、そのくらい不都合で困難な状況を克服してきたとも言えるでしょう。

とはいえ、まだ残る課題があります。
沢山あるというよりもたった一つ。

根源的な問題として。
観点の問題があります。

この観点の問題を克服することで、それ以外の全ての問題は一気に解消されます。根源的な問題ですので当然です。逆に言えば、そのくらい困難で厄介な問題として居座り続けてきました。

そこに終止符が打たれます。

克服する道具が開発されたからです。
それも、極めて短期間に。

しかも大変に素晴らしいのは、個人が扱うレベルではなく集団が扱い組織が扱うことができる道具であり、しかも生命活動に留まる道具ではなく精神活動にこそ存分に発揮してくれるメタ道具です。

話は少し経済に移ります。

基軸通貨をご存じかと思います。

全ての貨幣は、アメリカドルを使って交換するというルールが世界にはありまして、全ての貨幣が移動したり変化するときには必ずアメリカドルを通過するというものです。言い換えれば、アメリカドルだけが世界を巡るめく流通する極めて循環度の高い貨幣です。

それが基軸通貨。

基軸通貨のもつパワーは本記事で確認するまでもないでしょう。何度も経済的な危機に見舞われているアメリカでありながら没落しないのは基軸通貨によるお陰です。

また、貨幣は人を差別しません。
価値を平等に見積もります。
それも基軸通貨の凄味につながります。

さて、話題を戻します。
基軸教育です。

世界には未だに基軸教育がありません。
西洋から始まる学問では不可能でした。

それは、パンデミックやAIの登場にまつわって、人々がどうなっているのか、世界がどうなっているのかを見れば明らかです。

基軸教育は簡単ではありません。
根源的な問題を発見しない限り。

そこを突破したのが令和哲学者でお馴染みのNoh Jesu氏。だから島崎は彼のことが大好きです。世界中の誰よりも、歴史上の誰よりも、有名な人として記憶されるでしょうね。

ぜひ、確認してみてください。
本当に世界基軸教育なのか。

本当なら、これはスゴイことではありませんか?アメリカのリーダーシップには期待できない中、令和日本から、今までにないリーダーシップが発揮されていきます。

そんなワクワクのビジョン。
彼から聞いてみて下さい。

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Noh Jesu

Noh Jesu。救世主を創る救世主

何ゆえにそのように言うのでしょう。
根拠なしにタイトルを付けません。

ずばり、仏教とキリスト教を融合することができる原理を発見したのが令和哲学者Noh Jesu氏。

それ故に、です。

仏教もキリスト今日も、宗教というジャンルに属しますが出発点となる人物がいます。

仏教であれば釈迦。
キリスト教であればJesus。

どちらも真実に到達した存在。

釈迦は2500年前に悟りを得て、その後に弟子たちが仏教として教えを広めています。そしてJesusは2000年前に神の子として真実を語り、その後に弟子たちがキリスト教として教えを広めています。

哀しいかな両者は和解していません。
争いは酷くはありませんが不仲です。

真実を悟り知った出発点でありながら、そして救済する存在として十分な資格がありながら一体どうして、後世に彼らを信仰する人たちは不仲なのでしょう?

それは、出発点の次。
弟子たちが真実に到達していないから。

彼らは錯覚現実の内におりました。
先生と同じ境地ではありません。

nTechからしたら当然です。
1分1秒も他人の認識画面は共有されない。

弟子たちは救世主にはなれませんでした。それ故に、その後に続く後世の人たちはお互いに不仲です。未だに、仏教はキリスト教との融合を図れず、またキリスト教も仏教との融合を図れません。

そんなことを可能にする原理。

それは確かにありそうですよね。
何せ真実は確実に真実。

真実に基づく原理は必ずあります。
Noh Jesu氏。彼が発見しました。

これ、どのくらいの偉業でしょうか。
世界中で、歴史を経て、涙する世界。

日本から興りますよ。
ルネサンス。ネクストルネサンス。

ぜひ確認してみて下さい。

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Noh Jesu

解明。統一理論

世界初歴史初シリーズはまだまだ続きます。令和哲学者による偉業の数々、今日はタイトルにあります統一理論の解明に焦点を当てます。

世界初歴史初シリーズとして表記されている”アインシュタインが追求した統一理論を解明”にちなんだものですが、これは万物の理論のことでもあり、超大統一理論のことでもあります。

物理学者たちの間では夢のまた夢。
アインシュタインは人生を費やします。

たったこれ一つだけを分かるだけでも良いと考える人すらいます。宇宙を知ることができ、その意味は人間を知ることにもつながるからです。

こう考えられています。

宇宙は4つの力でできている
宇宙の初期は1つの力だった
1つの力が4つの力に分かれた

そういうことで、その1つの力を分かることで4つの力も分かりますし宇宙の成り立ちが分かると考えています。

アインシュタインには功績があります。
数々の功績がありますが満足しません。

それが、この宇宙が何でできているのか根源を知りたいということでした。だから、数々の功績を収めても、まだその先にある統一理論を死ぬ間際でも追求していました。

アインシュタインの意志を継ぐ人。
同じ志をもつ人。

そういう物理学者たちは沢山います。そして、近年は数学の力も借りながらどうやら有力な候補に辿り着くところまで来ています。

有力な候補とは言え、まだまだ説得しなくてはいけない課題が幾つかあるので、万人に認められている状態ではありませんが、アインシュタインから見たら幾分かは進んだ話になっています。

これらに終止符を打った。
それが令和哲学者です。

なぜ今までは有力な候補ではあっても、その後の説明に困っているのか、一体どうして現実では確認が困難なのか、など気になることを尽く説明してくれる丁寧さ。

Noh Jesu氏は明確に分かった人だと。
多くの人が確認しています。

想像してみて下さい。

これがもし本当にそうなら、一体どれほどの偉業なのでしょうか。本ブログに関心のあるあなたでしたら、数学 物理が難しいーって思いながらも関心のアンテナや興味のアンテナは立つはず。心震える話です。もちろん、数式なしで理解、説明、納得できる世界です。

学生、主婦、フリーター、文系、、、
そんなこと関係ない世界です。

本当のことは。シンプル。

ぜひ確認してみて下さい。
数学、物理に心が通い血が通う。

保証します。

彼に学べば。
きっと好きになりますよ!

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Noh Jesu

大快挙。「間」の数式化(0=∞=1)

日本らしい日本といえば何でしょうか?

幾つか挙げるときに、「間」の文化を挙げる人も多いと思います。海外の人から見たときに、特に日本らしいと思えるものの代表的な一つでもあると思います。

「間」

日本の漢字を見てみましょう。

時間
空間
人間

など、重要な概念には「間」が入っています。他にも、

間抜け
間が悪い
間違い
間合い
間取り
間が伸びる

などなど、「間」を使った表現が使われることがありますが、これらは日本らしい感覚と言えます。

しかし、「間」とは何でしょうか?
実は説明するとなると大変。

何と言って良いか、海外の人に訳して伝えようものなら、とても難しい概念であることが分かります。

もちろん、日本人同士では伝わる概念。
しかし、表現するとなるととても困難。

至るところに現れている「間」でありながら、説明困難であり、表現困難なところがあります。

そこもまた令和哲学者が発揮します。
世界初歴史初シリーズ。

「間」の数式化に成功
0=∞=1

これこそ大快挙。

何と、「間」の概念を数式で見事に表現したばかりではなく、先に紹介した、時間、空間、人間(存在の代表)についてまでも説明し得る数式。

日本人のどんな人も表現不可能でした。
数学者のどんな人も未発見だった「間」。

聞いてみればとても価値があり重要な概念であることがよく分かる「間」の数式化。ぜひ直接Noh Jesu氏から聞いてみて下さい。

全く新しいイメージと出会います。

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令和哲学カフェ

令和哲学カフェの醍醐味

令和哲学カフェが始まり1年が経とうとしています。AIが人間を代行する時代に向かう中、更にウイルスがパンデミックを起こしている今、今までにない全く新しい価値を生み出し続ける教育が求められています。かつて西洋で盛んであった啓蒙活動そしてルネサンスのように、日本から始まる新たな啓蒙活動とルネサンスが、令和哲学カフェから興ろうとしています。

本日のテーマは、「令和哲学カフェの醍醐味」です。

1.観点の問題からみた歴史の流れ

人類700万年もの間、ずっと発見されなかったこと。観点の問題です。令和哲学カフェではその概要を学べます。

観点の問題こそ宿命的課題。
それは人類の宿命的課題です。

この観点の問題があるからこそ、しかしそのことに気付いていない当時の人類が当時なりに頑張って、何とか危機限界を突破した結果、農業時代へと社会を前進させ、人類のライフスタイルを上昇させました。

一人のリーダーを中心にして協力団結し、そのリーダーを信じることで生存の危機を突破し、生存の安心そして安全、更には安定までを手にします。

後にリーダーは、王様となり、更には神と結託した王様となっていき、いよいよ国家らしい国家、王様らしい王様が成り立っていきます。

如何に神の意志と一つになり王様を中心に協力団結するかが、生存活動の安心安全安定へとつながっていきました。

全体主義の時代です。

このときは、神や王様を信じることで全体として全体がまとまり全体が幸せや成功を目指していくという主義主張です。

観点の問題が働いている中で。

このときは身分を創り、身分に応じたライフスタイルを全うすることで協力団結を図ろうとしました。ある範囲においては、観点の問題に対応できたかと思われますが、ある範囲を超える時がやってきそうですよね。

果たして、そのときは来ます。

2.ルネサンス。天地がひっくり返る

天地がひっくり返る話を聞いたことがありますか?大ショックの代名詞であり、ただ事ならぬ驚きを形容する際に使われる表現です。

表現元は、天動説と地動説。

ライフスタイルがゴソッと変わり、価値の大転換が起こるようになったルネサンス。西洋はルネサンスが起きたからこそ、富においても、勢力においても、教育においても、何から何までが東洋との大きな格差をつけるに至ります。

そのキッカケが天地がひっくり返る。
西洋のルネサンスへと展開します。

全体主義から個人主義へ。
農業社会から産業社会へ。
お米中心からお金中心へ。
軍隊組織から企業組織へ。

そして身分固定から身分上昇へ。

3.身分上昇。カフェなど啓蒙活動

イギリス産業革命やフランス市民革命が起こったことは個人主義の社会プレートを成り立たせる上で大きく貢献したものと言えるでしょう。

人々の暮らしは急速に高まります。

中でも個人一人ひとりにとって大変に嬉しかったことは、身分が上昇したことではないでしょうか?

それまでは、王様の息子が王様、身分の高い人の子どもは身分が高く、身分の低い人の子どもは身分が低く、奴隷の息子は奴隷、であると身分に固定がありました。

その越え難い絶対の境界線が破れます。

神の息子娘だから、神の下で平等。
人間同士で、身分格差はおかしい。

それを、特定の人間だけに絞って神を解釈するというのではなく、神に変わる新たな概念を導入して、誰もが皆んな平等に生きていこうと、広く教え、未だに身分固定の内に閉ざされている人たちに啓蒙しようとする動きが起こります。

カフェです。
カフェで語らいます。

カフェとは、そうした新しい時代を積極的に作っていこうとする人たちによる新たな場でした。

カフェに来る人たちは、時代をさきどる人たちに啓蒙され、続々と身分上昇に向けて積極的に活動しだしていきます。個人一人ひとりが主体的に動き、頑張れば権力をもち総理大臣になれるので、選挙で票を集めようとしきりに勉強し、人間力や人間関係力が身に付きます。

今の時代。

AIが登場し人間代行するとき。
ウイルスがパンデミックを起こす。

今また、天地はひっくり返りたいとき。
今また、ルネサンスを興したいとき。

まさしく!
起きている最中であります。

4.令和哲学カフェ。スタバを超える

ルネサンスが起きた理由は、発見があったからです。その発見と共に発明が行われ、新しい概念を受け入れる土台が共有されていったところにあります。

そしてカフェという場を通して加速。

そんなことが今の時代に、この日本で、起きてはいけない理由が何かありますか?絶対に日本からは始まらない理由はありますか?

そんなことはないでしょう。

そして、実際に起きています。
もう、始まっています。

人類700万年もの間、ずっと発見されてこなかった大発見があります。その発見と共に発明までがなされて日本に誕生して以来、進化し続けています。

そして新しい概念も共有されています。
共通土台が着々と構築されています。

更に、共通土台を共有しえる今までにない新しい場までもが誕生しています。それがスタバを超える令和哲学カフェです。

スタバがあっても、AIによる人間の尊厳破壊やウイルスが起こしたパンデミックの問題、それから米中覇権戦争がもたらす世界の疲れや日本の希薄な存在感に対して全く無力ですが、令和哲学カフェは違います。

日本から始まるルネサンス。
スタバを超える令和哲学カフェ。

YouTubeのLIVE配信とzoomによるLIVE配信。
緊急事態宣言の最中でも気軽に関われます。

5.ポストコロナに最高の価値

ポストコロナのライフスタイルはどのようなものだと思いますか?パンデミックが起こる前の世界に戻ることは在り得そうですか?もはや、パンデミック後の世界は、パンデミック前の世界とは全く別物になっていると、誰もが薄々は感じ取っているかと思います。

ですが、明確ではない。

世界は今、リーダーシップ不在で方向性が喪失している状態。不透明で不明瞭で不鮮明な中、一体78億人はどのように協力団結していけるのでしょうか?

まさしく、ここに価値が潜んでいます。

価値とは一体なんでしょうか?

問題が明確になることです。
突破口を明確にすることです。

問題を解決することで感動の連鎖が終わりなき大きく広がり続けることです。

人類が700万年もの間、ずっと気付いてこなかった根源の問題、根本問題を発見し、その解決の方向性を明らかにして突破口を視覚化し、更にはそれを味わった人たちによる感動の連鎖が起こるべく創造し続ける場が誕生すること。

ポストコロナに最高の価値ではないでしょうか?
まさしく、それが令和哲学カフェです。

6.おススメ。WHT出演

教育が変わらないとと言われだして久しい日本ですが、これは世界中でも言われだしていることです。よく考えてみれば、それも当然のことで、AI時代に代案は出ていないですし、コロナパンデミックに対しても右往左往している状態。

ここまで情報知識がたくさん溢れ、教授や専門家たちがたくさん輩出されているのに、リーダーシップ不在、方向性喪失という状況が長く続いている自体が、教育が変わるべきであると突き付けていると見るべきです。

今は全く新しい価値観が生まれるとき。
旧い教育では不可能です。

ここでおススメがあります。

令和哲学カフェのWHT出演。
ぜひ出演されてみて下さい。

短時間ながら、かつてのサムライたちのシャープな感覚が現代風に蘇るかのような経験を得るでしょう。

脳と心が対決している時代。
心の時代が幕開けようとする時。

令和哲学カフェで気軽に体感できるWHTは、世界のどこにも、歴史のどこにも、見ることができなかった最高の啓蒙活動であり、最高の教育現場であり、最高のライフスタイルです。

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目で見たことは正しい?

大人になるにつれて漠然と感じだすことの一つにコミュニケーションの難しさがありませんか?社会人となって仕事場で感じることも増えてくるでしょうし、家族をもち家族親族の付き合いや地域との交流などでも感じてくるでしょう。

至るところで感じるかと思います。
コミュニケーションの難しさ。

本日の記事は、引いたところからコミュニケーションの難しさについて書き綴ります。

よく言われることですが、コミュニケーションの難しさは価値観の違いが表に現れています。価値観は人の数だけ違うでしょうし、同じ人であっても時期や状況が変われば変わるものでもあります。

何より見えないことが大きいです。
見えないものは変化させられない。

では、見えないからといって大したことではないかというと、価値観はライフスタイルに大きな変化を与えるものなので無視できるものではありません。

人生をゲームのように楽しみたい。
だけど見えないことで楽しめない。

では、どうすれば良いでしょうか?
何を、理解することで突破できるでしょうか?

それは、この現実は真実ではないという気付きを得ることです。更に踏み入って言うならば、令和哲学でいうところの「今ここ 目で見ちゃダメ!」というやつです。

今ここを目で見たら錯覚現実しか見ることが出来ません。真実は目で見ることが出来ないんですね。真実ではないにも関わらず、錯覚現実を真実だと固定して思い込んで見るものだから、いつか条件が変わり、真実だと思い込んでいたことがバレる時が来ます。

錯覚現実だったと知ることになります。

それは悪いことではなく、それこそ正にゲームの有り様として捉えられたら、随分と価値観についても、コミュニケーションに対しても違う捉え方ができます。

条件が変わることで変化する錯覚現実。
映像を紹介しますからご堪能ください。

【衝撃】驚くほど目の錯覚を引き起こす画像集【錯視、トリックアート】

その上で実感下さいませ。
目で見たことは正しい?

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令和哲学カフェ

カントの時代背景。哲学と科学

令和哲学カフェではカントを強く勧めています。彼一人を深く理解することで、全ての哲学者たちと哲学的概念の理解が早くなるし、とても分かり易くなるからです。

今日は、カントの時代背景について書き綴ります。

日本からはイメージしにくいかも知れませんが、西洋はキリスト教の影響が非常に強いです。国家よりもキリスト教の勢力の方が大きいという見方もあるくらいです。

カントが生きた時代は、絶大な勢力を誇っていたキリスト教と共に、科学に人気が出始めて科学万能主義へと向かおうとする頃でした。

キリスト教が教える宇宙自然の現象よりも科学が教える宇宙自然の現象の方が、より広い範囲で説明し、あらゆる疑問に対して答えを与えてくれるものだったからです。

科学を理解すること。
人生が変わる。
社会が変わる。

今風に捉えたらそんなところだったのかも知れませんね。既にキリスト教の魅力を上回らんとする勢いとなり、科学の中でも分野が分かれてくる頃でもありました。

またそれは、哲学と科学の関係も似たようなところがあり、科学に人気が出るに連れて徐々に哲学の立ち位置や影響は縮小していきます。

科学万能主義に向かうところです。

哲学にしても科学にしても共通にして求めるものがありました。それは真理とは何か?真実とは何か?それを知りたいということ。

ただ、本当に分かることが出来るのかどうか一抹の不安が過ります。

カントはそこに終止符を打ちました。
カントの大きな功績の一つです。

まだあります。

ちょうどこの頃、2つの主流の考え方がありました。それらがどうも対立しやすいのです。

一つは、経験を大事にする傾向。

実験して確認することで真理、真実に近づいていくというスタンスです。

もう一つは、合理性を大事にする。

経験しなくても数学的に分かるというスタンスです。先験的に真理、真実は分かると見ています。

平和であろうとしたら、この2つの主流となる考え方に整理整頓が必要でしょうし、哲学、科学、宗教の間柄も仲良くしておきたいものです。

カントはここにも大きな貢献をします。

それまでハッキリとしなかった世界を明確にしたカントは、それまでの哲学にも、その後の哲学にも、大きな影響を与えることとなります。

いつも読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。