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令和哲学カフェ

直向きな姿。令和哲学カフェ101回目

令和哲学カフェ101回目

一つのことをやり続けるということは難しいですね。新しい習慣を習慣づけることも、旧い習慣を明確にストップさせることも、中々難しいことです。

そんな中で、令和哲学カフェは。
本日、2020年10月16日で101回目。

平日は毎日開催している令和哲学カフェは、毎日哲学のことについて理解を深める場。現実的にいって難しいことでもあり、本質的にいっても哲学というジャンルで毎日、公開的に理解を深める場を取り持ちながら様々な角度からの質問に答えるというのは尋常ではないです。

それも令和哲学者と名乗って。
並々ならぬ覚悟だと思いませんか?

あなたならばどうでしょうか?

明日から令和哲学者を名乗り、毎日西洋の哲学者たちを取り上げ、哲学的概念についての解説を行いながら、来る質問に応える。

しかも集団コミュニケーションを通して理解する哲学として見せてくれて、哲学を好きになる人を一人ひとり着実に増やしていく。

このようなことを出来るでしょうか?

令和哲学者として。

101回も続く令和哲学カフェが、11月には1期を終えて4年間続けようとする夢を、今日も明日もかなえようとする直向きな姿に感動しています。

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令和哲学カフェ

難解なカント。三大批判

哲学者であったとしてもカントは難解だといいます。カントを理解するには哲学の講義を半年間、継続的に学んだとしても理解できる人は少ないという実情、そして専門とする人ですら難しいと評する現状で。

令和哲学カフェはカントを推します。
難解なカントの主張に触れます。

カントと言えば・・・と問えば出てくる幾つかの項目があろうかと思いますが、その内の一つに挙がる有名なこと。

三大批判。

三大というからには3つがあるのだろう。三大というからには、普通の主義主張ではないのだろう。

そんなことを予想できるのではないでしょうか?

見ようによっては、3つだとも言えますし整理整頓されている人からしたら1つのことを目線を変えて3つとして表現しているとも言えます。

いずれにしても難解となっているのはどういうことでしょうか?

三大批判は次の3つです。

・純粋理性批判
・実践行動批判
・判断力批判

日本人にとっては批判とは穏やかならぬ表現ではありませんか?批判することで有名になったのでしょうか?批判することにどのような意味があるのでしょうか?批判は平和に導くのか、それとも争いへ誘うものでしょうか?

批判というと非難のや誹謗中傷のような悪い印象で見受ける方も多いと思いますが、カントはそのようなことをしたかったのでしょうか?何かと色々、気になることが出てくるかも知れません。

令和哲学の観点からはカントを哲学の分岐点とみており、御幣を恐れず大胆に言えば哲学が真に始まったところという勢いです。

その目線からカントは素晴らしい。
当時の悩みや苦しみを解消します。

それを巧妙な手段をとって。

批判と名付いていますが、美的センスを垣間見る批判ですので是非、そうしたセンスを磨きながらカントと出会われることをおススメします。

またカントは非常に難解。
三大批判も難しいこと極まる。

令和哲学カフェをご活用下さい。おススメします。カントのみならず西洋の主要な哲学者たちを総なめします。

昨日は感情手術を公開的にやりました。

フロイトが目をつぶって見る夢の解析なら、
令和哲学は目を開けて見る夢の解析をする。

人によっては涙が出てくるような場面もありました。令和哲学を通して西洋の哲学の理解は早まり、今の時代の哲学がどういうものが見えてきます。

zoom参加とYouTubeLiveによる同時配信。

島崎はzoomで参加することが多いです。ブレークアウトセッション機能で同じルームとなった方、いつも楽しみにしています。

ぜひお話しましょう。

今日も読んで下さってありがとうございました。宜しかったら別の記事もお読みください。

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銀賞を頂きました~知のB1 予想当選~

令和哲学カフェ特別企画「知のB1 ブックダービー」が昨日、開催されました。競馬にイメージを借りて、パネラーの皆さんが騎手、そして騎手が乗りこなす馬をパネラー推薦の本と見立てて、事前予想や当日予想をする企画です。

本日は、昨日の感想を書く記事です。

1.知のB1。ブックダービー

5人のパネラーに対して令和哲学者Noh Jesu氏が令和哲学の観点から切り込み、テーマにそった順番を付けようとするもの。視聴者の皆さんは、申し込み時に事前予想と、当日のやり取りを受けて当日予想をします。

zoom開催およびYouTubeライブによる同時配信。

当選には、金賞、銀賞、同賞に対応するプレゼントが付与され、個人的にとても頂戴したいと思っておりました。

テーマは、「この時代に人たちに一番読んでほしい本」です。

2.令和哲学の観点から質問

企画の中で印象的だったのは、令和哲学者Noh Jesu氏による質問とパネラーとのやり取りでした。

パネラーたちの人間力や、本そのものの魅力などで順番を予想したくなってしまうところがあったのですが、しかしNoh先生よる質問とパネラーのやり取りはテーマを思い出させてくれます。

テーマは、この時代に人たちに一番読んでほしい本です。

この時代とは、AIが登場して新型コロナウイルス感染拡大において人類が向き合っている共通の課題に焦点が当たっていると思われます。

それから一番、と付くからには判断する基準が必要ですが、それ一冊を読めば他の本を10冊100冊読んだとしても上回るという勢いを感じます。

Noh先生による質問も、パネラーたちによる回答も、今の時代に本を読む姿勢とはどのようなものなのか、というのをハッとさせられ、そのような姿勢で情報知識と出会いたいと思ったものです。

3.ビデオカメラ撮影

実はビデオカメラ撮影としてスタッフ参加しておりました。ビデオカメラ撮影をすると、そのことを通した気付きや発見があります。

体の私が見てる映像と、ビデオカメラが見てる映像とは違う映像であるということ。それからそれらと視聴者に映る映像と、視聴者たちが受け取る映像も違うということ。

それらの映像は全て違うものであり、少しずつ違うというよりは全く違うものであると分かります。

AI時代にこの気付きは重要です。
錯覚現実であることが深まります。

4.銀賞を頂きました

1番から3番までの予想が的中。
嬉しかったです。銀賞が当選。

特別のバーチャル背景を頂けるようなので早速、使用したいと思っています。

惜しくも金賞にはなりませんでした。

次回、開催の折には金賞を狙っていきたいと思っています。

5.情報過多の現代。脳と心が対決

AIが登場して新型コロナウイルス感染拡大が文明の根幹を揺るがせている今、人間の規定を脳で見ていたのでは生きていけない時代に突入しています。

確かに脳で生きるように思えます。
ですが心こそが本当の人間。

今までは心が脳に負けていた歴史でしたが、いよいよ心が脳に完璧に勝利し、人類は全く新しい文明を築いていくターニングポイントにあると思っています。

脳で情報知識と出会ってしまったら、AIに負けてしまいますし、人間がデータになってしまう。世界の知性人たちはそのように警鐘を鳴らしています。知能と意識に分離がおきて、意識は要らないんじゃないか、などと言われだしている昨今。

心が大事だ!
心が本当の人間だ!

重要なメッセージではないでしょうか?

心の時代。

これは令和日本が発するメッセージ。
令和日本の仕事です。

西洋哲学では、心を分かり心を語ることは不可能です。偉大な西洋の哲学者を学ぶとよく見えてきます。

数学・物理に矛盾しない心。
数学・物理を説明する心。

情報過多の今の時代。
心の動きを悟るときです。

読んで下さって有り難うございました。宜しかったら別の記事もお読みください。

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技術的特異点が科学に与えるもの

2045年には技術的特異点(シンギュラリティ)を迎えると言います。人間が発見したり発明するよりも早くAI(人工知能)がその仕事を済ませており、しかも自分より優れたAIをコピーするために、その時より以降は人間が技術面において発見と発明をすることがなくなるというものです。

技術的特異点を迎えること。

科学にどんな影響があるでしょうか?
人間にどんな影響があるでしょうか?
また哲学に与える影響は何でしょうか?

技術的特異点より先は、実は人間による科学技術の進展はないということを意味します。つまり人間の手による科学技術は終焉を迎えます。

人類文明を大きく牽引してきたのは、ある時からは科学技術でした。科学技術はモノを変化・運動・移動させる技術で物質文明を育てます。

その科学技術が終焉を迎えます。
人類による物質文明の終焉です。

ではその先は?

もう人類文明の発展を科学に任せることは出来そうもありません。認識対象を開発する科学の領域はAIに任せれば、より早く、より便利に、より緻密に手掛けてくれます。

そこで残るのは認識主体。

認識主体を啓発する領域は未だ、人類が手掛けられる領域。それこそ、哲学です。

2045年になってから準備するのでは遅いです。シンギュラリティが予想されている今もう既に、物質文明は鈍化していますから文明創造は今から始めておきたい。

ここに哲学の役割があります。

哲学が新産業を創る。
哲学が新文明を創る。

お読み下さりありがとうございました。宜しかったら別の記事もお読みください。

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今の時代。「役に立ちたい」とは?

1.今の時代とは?

今の時代。
特に令和日本のおいて。

役に立ちたいという想いがありますね。とても聞こえが良いのですが今の時代に照らし合わせながら特に、令和日本において見たときに、聞こえの良い役に立ちたいということは一体どんな意味があるのか、に触れたいと思います。

今の時代とは何でしょうか?

社会を推移させ前進させる技術革命が度々起きている中で今は、AI(人工知能)革命によるAI時代、AI社会に突入しています。農業革命、産業革命、IT革命、スマート革命の下で起きています。

AIが登場しています。

そして令和二年には新型コロナウイルスが登場して全世界を根底から揺さぶっています。文明の底辺から揺るがし世界の知識人は右往左往し、リーダーシップは責任から逃れようとしています。

新型コロナの登場です。

このような時代では量子力学的な世界観が極めて強く、状況によってコロコロと変わっているかのような不透明、不鮮明な時代です。

部分を見るときに特に。
顕著に現れます。

2.全体の動き

部分の動きに関心がある場合は、動きが早すぎてよく分かりません。ところが全体の動きに関心がある場合は、早すぎる動きがどんなに早くとも、全体像として捉え続ける知恵を手にしているので部分を見てるときのように振り切られません。

全体と部分の関係をよく見ます。

さて、役に立ちたいという想いは今までの話の流れの何に対応するでしょうか?

それは、全体ではなく部分という点。
部分的に役に立ちたいということ。

全体を分からないままで、一部分ならよく分かるし、一部分なら発揮できるし、一部分なら着いていけるし、などの発想があるのでしょう。

そして実際、人間は部分を取ります。
全体を取るようには出来ていません。

一部分で良いから、そのポジションで役に立つとか、誰かに認定されたいから役に立ちたちだとか、まるで在るだけでは罪深き存在であるかのように。

誰かの役に立つ。
何かの役に立つ。
これで役に立つ。

全体を見る立ち位置からすると、一部分に収まって役に立ったとしても、全体像からして意味があるかどうかは不明ですし、場合によっては、別の役割の足を引っ張るなどして摩擦衝突が起きてしまいます。

役に立つことが
足を引っ張る

何ともジレンマではありませんか?

令和哲学。全体の動きを理解する良き道具

役に立つということ。
今一度考えてみて下さい。

全体を見ることなしに役に立つなどと、本当の意味で在り得るでしょうか?全体と連携連動が起きていないのに役に立つとは滑稽な話。

今の時代。
特に令和日本。

全体の動きに関心を寄せるときです。
令和哲学は良き道具となるでしょう。

読んで下さって有り難うございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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役に立ちたい。それは本当に・・・

あなたもよく耳にすることではないですか?あなた自身も言ってきたことかも知れないですね。言わなくても思っていることではないでしょうか?

役に立ちたい

そう思っている人は多いのだと思います。とても聞こえの良い言葉ですし、聞くにしても言うにしても人の好さのようなものを感じます。

ところが今の時代。
特に日本において。
哲学が必要な時に。

役に立ちたいというのは本当に・・・

今は量子力学的な時代でもあります。少し前まで正しかったことも間違ってしまう時でもありますし、今が正しくても少し経てばもう正しくなくなったりする不透明な時代です。

見たと思ったことは本当に見たまんまの有り様として、そこにあるのでしょうか?

全てが揺らいでいる時代です。

役に立っていると思えることも本当に役に立っているのかどうか自体を見直しても良い時にあります。

役に立っていることは全体から見たら本当にごくごく一部分の些細なことかも知れず、しかもちょっとしたことで泡のように消えてしまうものかも知れません。

役に立っていること
本当に意味があるのか

AI(人工知能)が登場しコロナが登場している今ですから、役に立つということ自体も今の時代なりの意味合いがあって良いのではないでしょうか?

つまり、意味のあること。
本当に、意味があること。

それを探すことは大切だと思うのです。意味はどうやって生まれてくるのか?本当に意味あることとはどういうものなのか?

役に立つという話だけではなく。
意味があるということを添えて。

令和哲学カフェのテーマでも上がっていたことで、本ブログでも取り上げたくなりました。

お読み下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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Twitter

Twitterからようこそ。

自己紹介欄へ、ようこそいらっしゃいました。Twitterからのご訪問、ありがとうございます。

改めまして、よろしくお願いいたします。

Twitterのプロフィール欄をみて、もっとよく知りたいと思われた方も、ちょっとよく分からなかったなぁという方も、本ページにて少しでも補えるのでしたら嬉しく思います。

  1. 今という時。AI(人工知能)時代
  2. 人類が迎えている観点の問題
  3. 人生とは尊厳そのもの
  4. 令和日本の勝負
  5. 5人組を創る

1.今という時。AI(人工知能)時代

歴史をさかのぼり、歴史を下ってみると、見える光景は随分と様変わりします。

まだ農業が始まっていない時代のとき
その時のライフスタイルと、

農業革命が起こり農業が中心の時代のとき
その時のライフスタイルと、

産業革命が起こり産業が中心の時代のとき
その時のライフスタイルと、

IT革命が起こりITが中心のとき
その時のライフスタイルと、

スマート革命が起こりスマート社会が中心のとき
その時のライフスタイルと、

AI革命が起こりAI社会が中心の今
今と今からのライフスタイルと、

それぞれを比較しますと、随分と様変わりするかと思います。

時代を変遷しても変わることのない普遍的なライフスタイルが同時に裏を走りながらも、表では時代に応じた変化するライフスタイルが同時に走っているものですから、これらを併せ持ったライフスタイルでありたいものです。

人類文化文明歴史とライフスタイルについては、別の記事にも幾つか触れておりますので、そちらも是非、ご参照くださいませ。

2.人類が迎えている観点の問題

人類歴史は500万年と言われていますが、この長い間に様々な問題が生まれました。歴史を下るにつれて解決されていった問題も数多くありましたが、不思議なことは山積していく問題も数多くあります。

問題は生まれ、
問題は残り、
問題は解決され、
また問題は生まれ、
問題は蓄積し、

問題が生まれては消えて、生まれては消えてを繰り返しながら、今では蓄積された問題が山積しています。全ての問題を解決するのは最早、不可能であろうと諦めている人も多いかと思います。

しかし、こう捉えなおしてはどうでしょうか?

根源的な問題は、一度も出会うことなく、解消されることはなかった、と。様々な問題の近くに居ながらも巧妙に隠れている根源的な問題こそ、本当に解消したい問題。

それは人類500万年もの間、ずっと生き生きしていました。そして今は、その根源的な問題が発見されています。それが観点の問題。

こちらは、別の記事にも幾つか触れておりますので、そちらも是非、ご参照くださいませ。

根源的な観点の問題を解消することで、人類文化文明歴史の水準は今までの水準と比べて飛躍的に高まります。

3.人生とは尊厳そのもの

生まれてしばらくしてから私、島崎は、思ったように行かない人生を経験します。

母親に愛して欲しいのに愛されず、友だちを作りたくても友だちができず、人を助けにいったら問題ごとに巻き込まれ、絡まれ、傷つき、軽いとはいえ後遺症をもらい、勉強しても本番に弱く、尽くしても整理解雇され、生きる意味や価値が分からなくなっていました。

生きる答えを知らないからだと思い、読書、体力づくり、人と出会い、語らい、勉強し、答えを探そうとしましたが見つかりません。

答えを探す中で、
衝撃の質問を喰らいました。

「目で見たら説明のつかないことが多くないですか?」

分かるような分からないような。

質問の答えは質問の出所にあると想い、認識技術nTechのフェスティバルに参加します。そこで独特な認識経験を得ます。それからというもの、自分のことを悩まなくなり、自分のことで苦しむことが無くなります。

別の記事をご参照ください。

nTech開発者のNoh Jesu氏が日本を誰よりも美しく語っていました。彼は韓国人でありながら、日本で24年の間ずっと、日本が世界を救済すると言い続けています。

その姿勢に感動し、また日本の仕事、自分の仕事がよく見えました。

4.令和日本の勝負

令和日本は、全体が一気に滅する共滅の危機と出会うときに、とてつもない底力が働いて、美しい協力関係、美しい団結を発揮します。

危機が深刻である程、
暗闇が深くて深い程、

日本は協力関係、団結勝負が半端なく強固になって、英雄集団日本が誕生します。

今は、人類500万年間の間で最も深刻で共滅の危機の時ですから、その事を正しく認識したら、日本は急速に底力を発揮して全ての問題を解決していきます。

AI時代に、英雄集団日本はGIで勝負します。

5.5人組を創る

人類歴者、実は観点の問題と出会うことなく時代を下ってきました。

最初は、全体主義の時代で神・王を中心とした観点1個で全てを整理する時代です。

そこにNoをして、次は個人主義の時代。一人ひとりの主義主張を大事にして∞爆発していきます。観点∞の時代。だけど、観点が皆んなバラバラなので共通土台がなく、孤独が蔓延しカオスになっています。

今からは、観点1の問題と観点∞の問題を生み出すようにさせた根源的な問題を解消して、観点0の時代が始まります。

それが令和日本の仕事。
別記事も是非、参照くださいませ。

観点から自由になり、全ての観点を補って底上げする美しい時代。全体主義の限界と個人主義の限界を超えた最小単位が、個人ではなく国家社会でもなく五人組。

この五人組が増えていくことで、英雄集団日本を創ろうとします。

以上、簡単ではありますが、Twitterからプロフィールを辿って下さった方に向けて、自己紹介とさせて頂きました。更に興味を持っていただいた方は順次、記事を投稿していきますので、引き続き、お読みくだされば幸いです。

もう少しだけ詳しく

最後まで読んで下さってありがとうございました。

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その他

日本は危機に強い

人間は、本当に危機であることを認識したら、そこから発揮される底力はとんでもないものがあります。取り分け日本は、皆んなが同時に滅するという共滅の危機に瀕したら、そこから発揮される底力はとてつもないものがあります。

本日のテーマは「日本は危機に強い」です。

1.危機を認識すると

生命の観点で見るととても分かり易いですが、生命の危機を感じると、人間は底力を発揮します。俗にいう火事場の馬鹿力というやつです。年老いたお祖母ちゃんなのに、家が火事に見舞われたらタンスに仕舞ってある命に相当する大切なものを守ろうとして、タンスを背負って家の外へ逃げるという話ですね。

とんでもない底力です。
もちろん、普段は隠れています。

2.日本は共滅の危機を認識すると

日本は、集団としてよく機能する性質があります。海外のどの国よりも長けています。日ごろはとてものんびりしていて平和を好むのですが、皆んながみんな全員が、全体が一気に滅してしまうような危機を認識すると、集団として底力を発揮します。

協力関係が半端なく強い。
団結勝負が美しくて強い。

世界に類を見ません。
普段は隠れています。

3.英雄集団日本という理由

今、人類500万年間も蓄積し続けてきた文明が、その土台から崩れていくような危機に瀕しています。ですが、津波が押し寄せても必ずしも気付かないように、多くの人類はまだ気づいていません。

日本がもし、その危機に気付いたら。
共滅の危機を正確に認識したら。

集団として、とてつもない協力関係と団結勝負をみせるようになります。それが英雄集団日本の姿です。

読んで下さって有り難うございます。