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ポストコロナon-line会議

ポストコロナon-line会議。ママナビ

令和2年10月20日。ポストコロナon-line会議といえば夜に開催されることが通例となっていましたが、この日は特別企画のような位置づけもあり、昼間の開催となりました。

妊活の重要性がテーマ。

胎内記憶第一人者の産婦人科医池川明先生。
ママナビゲーターのアインシュタイン知奈美氏。
令和哲学者のNoh Jesu氏。

この三者で、ポストコロナの新しい時代に生きる生き方について話がされた。中心テーマが妊活ということで、出産経験の観点から

女性と母親との違い
妊活時に重要視しておきたいこと

胎内記憶や出産立ち合いの観点から、

生死とは何か?
存在とは何か?

令和哲学の観点から、

母親が誕生する瞬間
アインシュタインの意志と現代必要とする愛の爆弾
博士が愛した数式の意味
天才児を生み出すのが当たり前のママとは?

などなど、多岐にわたり濃度の濃い話題が飛び交います。このような方々が集い、他では聞けない話題が飛び交う場の何と貴重で価値の高いものなんでしょうか?

しばらくはYouTubeで視聴できます。
ぜひ、ご覧になってください。

個人的には、大学の知人が出演しているのでささやかながら応援の気持ちがいつもに増しておりました。私自身が母親であるかのような心持ちで過ごせた貴重な時でした。

今日もみて下さって有り難うございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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よく使う言葉。今とは?

「今という時代は〇〇だ」「今まではずっと」「今取り組んでいるところです」「今聞こえているこの音」。多くの場面で使われる言葉「今」について迫ります。

本日のテーマは、「よく使う言葉。今とは?」です。

1.言葉の定義

今という言葉。辞書を借りるところから深めていきましょう。

[名](副詞的にも用いる)
1 過去と未来との境になる時。現在。ただいま。
㋐時間の流れをとらえた瞬間。この時。「今はちょうど一〇時だ」「今は手が離せない」「今考えているところだ」
㋑近い過去から近い未来へ継続している現在の時。目下。「今は学生です」「今も変わらない友情」「桜は今花盛りだ」
2 現代。現今。今の世。「今は科学万能の時代だ」「今の若者」「今はやりのファッション」
3 ごく近い未来。もうすぐに。やがて。じきに。「今終わるから待っていてくれ」「今行きます」
4 ごく近い過去。少し前に。いましがた。さっき。「今の人は誰かしら」「今帰ったところだ」
5 さらに。そのうえ。もう。副詞的に用いる。「今一度考えてみる」「今しばらくの間」「今ひとり参ります」

出典:コトバンク https://kotobank.jp/word/%E4%BB%8A-435769
2020年6月26日参照

とても幅の広い扱いであることが分かります。便利な概念でもあるのでしょう。

2.時間の概念

時間は、時と時の間のことです。

多くの人は時間といえば、流れてるものだと捉えているのではないでしょうか?

「過去があって、現在があって、未来がある」

これはニュートン力学的なモノの見方ですが、過去から現在そして未来へと時が流れていると捉えている方が多いのではないかと思います。

この時の流れを空間を移動する存在の距離で表す先人たちの知恵により、日時計、砂時計、アナログ時計、デジタル時計などの時計という道具を使って、私たち人間は時刻を知ります。

3.時間を必要とする存在

3.1.植物、動物にとっての時間

植物にとって時間は意味はあるでしょうか?ある植物が1年間という時間を知ることで、植物にとって植物ライフはどのような変化があるでしょうか?

たんぽぽやホウレン草。

動物にとって時間は意味があるでしょうか?ある動物が四季の移ろいを知ることで、動物にとって植物ライフはどのような変化があるでしょうか?

お魚や鶏。

条件反射的な感覚で知る世界はあるにしても、認識することで質問を持ち自ら考えることでライフに変化をもたらそうとする存在。

そういう意味では、植物や動物は積極的に時間に取り組みそうにはありません。

3.2.生きる上でなくては困るものの一つ

人間ならば、取り組んでいそうです。

農業社会においては四季の移ろいを知ることや天候の変化を知ることは、今が種を撒くときなのか、収穫を収めるときなのか、人間のライフにとって非常に重要なことですね。

今は何をする時なのか知りたい。

何かをしなければ生きていけない。

人間にとっては、時間を知ることはなくては困る重要なものの一つです。時間は、人間と切り離されたものではなく、人間にとって切っても切り離せないもの。

人間は、時間を必要としている存在です。

4.どう生きるのかを知りたい

農業社会に限らず、時代が下った産業社会でも、IT社会でも、時間概念はより重要さを増しています。

もし今が、産業社会という時にいるのに農業社会の時のような概念をもったり、狩猟採集時代の時のような概念で生きようとしても、時代の中心にはおりませんし場合によっては食べていくこと、生きていくことができません。

生命活動、生存活動がありますから、生きていくには今、何をするべきなのかを知りたいものです。

それは、大きな時代の枠組みだけではなく、季節の移ろいで洋服や家電が変わったり、昼は職場にいるけど夜では自宅にいるなど居場所が変わったり、今から1時間前に考えていたことと、今から1時間後に考えておりたいことが違うなどにも言えることですね。

人間は生きていく上で今、何をするべきか知りたいものです。その時、一つ大きな参考にしたいのが時間という概念であり、今は何をするべきかという人間自身の行動変容や状態変化に生かしたいのでしょう。

時間。

それは人生のことでもあります。
そして人間のことでもあります。

読んで下さってありがとうございました。宜しかったら別の記事もお読みください。

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人間らしさとは何でしょうか?

AI(人工知能)が登場してから、人間とは何かに対しての質問がそれまでよりも一層、増えたのではないかと思います。また、新型コロナウイルスが登場してからも、人間とは何なのか?人生とは何なのか?という質問が溢れたのではないでしょうか?

本日のテーマは、「人間らしさとは何でしょうか?」です。

1.生命の進化

この地球上に人間が居なかった時があります。人類の誕生が500万年前だと言われていますから、500万年前より少し前には人間は地球上におりません。

その頃は動物がいました。

同様に動物が居なかった時には。
その頃は植物がいました。

生命は、植物から進化して動物、動物から人間へと進化してきたという通説がありますね。

2.人間らしさとは?

人間と比較して植物や動物にはあるのだけれども人間にはないもの、あるいは逆に、植物や動物にはないのだけれども人間にはあるもの、ということに着目すれば、それは人間らしいと言えそうです。

分かり易いのは。
人間にだけ備わっているもの。

それを探すと良さそうです。

3.植物と動物には出来なかったこと

鳥を見て、あなたは鳥は地球重力から自由だからいいなぁと思いますか?

人間だったら、一度や二度は思ったことがあるかと思います。鳥になりたい、自由に空を飛びたい、と。

ですが、少し待って下さい。
更に深く洞察します。

鳥は本当の意味で地球重力から自由になっていません。本当の意味で地球重力から自由になっているのは、人間の方です。

どんな植物でも、
どんな動物でも、

地球の大気圏外へとその身を運ぶことが出来ていません。人間だけが、月に行き、理論上は火星だろうが、木星だろうが、土星だろうが、行くことが可能です。

植物や動物は、土星の表面を観測することが出来ませんが、人間は観測することができます。

道具を使う。
人間には文明があります。

4.人間は生命活動の他に

一体どうして人間には道具を使い、文明を発展させ、地球大気圏外まで身を運ぶことが出来るのでしょうか?

人間は精神活動をしているからです。
植物や動物は、この精神が働きません。

これが人間らしい活動と言えます。
植物・動物と共通する生命活動。

その他に、精神活動を行います。

それが人間の最も人間らしいと言えるところでしょう。

5.精神活動の美しさ

「命より大事なものがあなたにはありますか?」

そのように問われたあなたは、どう答えますか?あると答えた方は、精神が立っていると言えます。

命は、生命活動。
植物と動物と同じです。

人間との共通点。

ですが、人間オリジナルの活動は精神活動。

それは生命活動では果たすことの出来なかった地球大気圏外にまでその身を置いたり、地球に居ながらにして土星の表面を観測したりするものです。

精神が立つということ。
それはこの質問。

「命より大事なものがあなたにはありますか?」

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令和哲学カフェ

令和哲学カフェ。観点に迫る。人生とは

令和哲学カフェ、本日のテーマは、観点。哲学のジャンルのうち、カント哲学を取り入れながら観点の理解を深めようとする日でした。

冒頭から衝撃的な表現が飛びます。

あなたは、人生とは何かと尋ねられたら、どのように答えますか?他の人に、同じ質問をしたら、どのように答えるとあなたは思いますか?

令和哲学カフェでは冒頭に解説があります。
観点に迫る上で人生について整理されました。

令和哲学者Noh Jesu氏(以下、Noh先生)が語る人生。それが衝撃的な表現です。

人生とは、騙す/騙されるゲーム

他の誰がこのように形容するでしょうか?
令和哲学者が語るので、深みがありそうです。

かくして、5人の出演者に投げられます。

「騙す/騙される。そのことは好きですか?それとも嫌いですか?好き嫌いを理由と一緒に答えて下さい」

それが本日のWHTの入り口でした。
間は端折ります。

WHTでは、共通点と相違点を明らかにしながら、違う意見に対して説得したり、現状では何が起きているのかを再確認しながら、Noh先生リードの下、発言が飛び交います。

人の話を聞けないことが露わになります。

島崎自身も話を聞けていないことを認知します。私にはWHTの現場自体が騙す/騙される構図に思えました。

何を磨きたいのか。
また鮮明になります。

令和哲学カフェ

参加してみて下さい。

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nTech

日常で。何を繰り返しているのか

何か事件が勃発したとしましょう。その事件が大事件であれば、多くの人の目に触れることになるでしょうが、大事件に際して、自分自身の存在の影響はどのくらいあるでしょうか?

例えば、新型コロナウイルスが世界を揺るがしました。その影響力たるや尋常ではありません。歴史上を振り返りましても稀に見る大打撃を全世界に与えています。

そんな中で、あなた個人の影響力はどのくらいの大きさでしょうか?このように問われたあなたはどのように答えますか?

大事件に際して自分自身の存在の影響を、大きく見積もるよりも小さく見積もる人間の方が多いと直感的にあなたは知るでしょう。

ですが、深く洞察してみましょう。
本当に、そうなのでしょうか?

大事件は、実は幾つかの中事件が集まって生まれているものです。何の背景や原因が無い状態で大事件は勃発しません。

同様に次のことが言えます。

中事件は、実は幾つかの小事件が集まって生まれているでしょう。背景や原因があるからこそ、中事件として生まれるに至っています。

では、小事件も同じことが言えそうですね。

その小事件が、自分とかけ離れていれば、その延長で中事件や大事件も当然、自分自身からかけ離れるでしょう。

大事件に際してあなたの影響が小さい。
それは、小事件に関与しなかった。

そういうことでしょう。

日常のほんの些細なことであっても、ただの事物で見るのか事件で見るのかは大きな違いです。あなたが、どんなことにでも事件で見る目を持っていれば、あなたは事件を起こすことができます。

事件を認識する目。
それは体の目ではありません。

令和哲学の初歩。
今ここ目で見ちゃダメ。

いつも目で見ることを繰り返して日常を送っていれば、その日常は事件を起こすことになりません。全てが事物として自分とは分離して存在し、その存在に影響を与えることがありません。

日常で何を繰り返しているのか?
見ること、が一つ大きく占めますね。

令和哲学。
今ここ目で見ちゃダメ!

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質問がその人の人生を決める

学問や教育が答えを暗記することを要求してきたためか、人生はつい答えを探してしまうものです。例え答えと出会い、答えの通りに実践してみても、なかなかうまく行きません。

人生は、答えと共にあるべきか?
それとも質問と共にあるべきか?

1.暗記教育を推進してきた日本

日本の教育は深く考えさせたり感じさせたりする教育から遠く、自発性や自律性が養われることには向かないとされています。

学校教育である程度はうまくいきましても、社会に出たら役に立たないことはざらにあります。また逆に、学校教育で良くない成績の人が社会では、大きな成果を上げる話もよく聞きます。

暗記教育の弊害は色んなところに現れます。

2.答えの裏には必ず質問がある

答えと共にあるのは一体どうして人生では必ずしもうまく行かないのでしょうか?

答えですのに。

あなたは、答えには条件が付いていることを考えたことはありますか?答えには、実はそれが答えであるべく条件が潜んでいます。その条件の間だけは、それが答えとして成り立ちます。

人生では、その条件を満たしていることの方が少ないでしょう。だから答えだと思うことは、実は人生では条件が違っていて、答えには成り得ていません。

そして、答えには必ず裏があります。
裏とは質問です。

答えとは、何に対する答えなのか?
それは、質問に対する答えです。

3.良き質問に恵まれること

世の中にはいろんな質問があります。

その質問に対応する答えがありますが、人生にとってどのくらい実りある質問と答えになっているのかは、それを見る目を持っていないとなかなか分かるものではありません。

「地球上に、雑草は何本ありますか?」

このような質問をあなたが持ったとしましょう。では、その質問に対する答えをあなたが得たとして、その質問と答えが、あなたの人生にどのような役に立ちますか?

今まさに答えを手にしたとして、
今まさに人生に実りありますか?

この例えがうまく行ったかどうかは分かりません。ですが、お伝えしたいことの何たるかを感じて頂けたかとは思います。

色んな質問があります。
その質問に対応する答えと出会います。

質問と答えを持って人生。

良き質問に恵まれるなら、人生が実り豊かなものへと変化していくでしょう。

良き質問に恵まれてみて下さい。

読んで下さってありがとうございました。

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真の学問は質問を学ぶ

今までの教育は答えを大事にしてきました。それはアジア、とりわけ日本では、学問の性質が答えを暗記することにあったです。しかし、AI(人工知能)まで登場しているAI時代において、暗記として捉える学問と教育が見直されるようになってきています。

原点に立ち返りますと、学問の本質は質問を学ぶことにあります。

1.詰め込み型の暗記教育

人生を振り返ると、詰込み型の教育の影響を大きく受けましたし、日本という枠組みでも同様のことが言えるかと思います。しかし、詰め込むことで人生に役に立つ場面はほとんどないことを思い知らされます。

三平方の定理は恋愛に使えません。
微積分は親子関係を親密にしません。

覚えただけでは人生に役に立ちません。

2.立ち止まった時、質問が浮かぶ

詰込み型では中々うまく人生を運べませんが、仮に答えの通りに実践行動したとしても、やはりうまく行かないことはざらにあります。

うまくいかないとき、
うまくいかそうとします。

その時また、答えに頼りますが、実際は答えを実践しても、やはりまたうまくいかないことが多くありませんか?

ある程度、うまくいかないことを繰り返し続けたとき、やがて質問がうまれてきます。そして、その質問に向き合う最中は苦しかったり悩むことも多いですが、そのことを丸ごと含めて、質問を乗り越えたときというのは、次元が違った世界で見えることがないですか?

質問によって得た答えは、答え以上の答えと言いますか、非常に意味深くて価値が高いものとして人生に付加されます。

人生に意味価値が増します。

3.質問と共にある人生

答えと共に生きる人生よりも学びが深いのは、質問と共に生きる人生です。偉大な発見や発明をした人たちは、そのような傾向があるように思います。

質問と共にある人生。
発見や発明をもたらします。

AIが登場している今の時代ですから、答えを覚え、答えを探すよりも、質問を探し、質問と共に生きることが大事な時になっています。

学問や教育も同じです。
真の学問は、質問を学ぶこと。

如何でしょうか?

あなたは、シブい質問と出会っていますか?シブい質問と共に生きていますか?

読んで頂いて有り難うございます。