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令和哲学カフェ

ミキサー。運営スタッフ

令和哲学カフェの撮影スタッフ。今日はミキサーとして参加。哲学者キルケゴールによる実存や絶望は、令和哲学がいうそれとは文字通り次元が違った

本日は、令和哲学カフェの運営スタッフとしてミキサーを担当しました。平日は毎日開催している令和哲学カフェ。

視聴者の方に音を届ける役割。

声優さんが大好きな島崎は人の声を聞くのが好きです。自然とその人の声の様子を聞くようになっています。

ただ、ミキサーのような機材を通して音を聞くとなると、普段はそこまで繊細に音を聞いているかというとそうではないことに気付きました。

まだまだ耳が肥えるのかも知れません。

新たなテーマ”多様を可能にする究極の一様~性は持つものではなく使うもの~”

とても楽しみでした。

スタバを超える令和哲学カフェ。毎日、少しずつでもその確信が深まり、まさしくその夢を具現化していく日々だと思っています。

哲学者キルケゴールを取り上げて。
ものの数十分で大枠が整理整頓。

凄まじいの一言です。

令和哲学者による解析力が光ります。

キルケゴールを取り上げ、実存主義を切り開くことに貢献したことと、絶望の概念が共有されていたことなど、新たな世界観に触れました。

当時としては勇気ある人。

そして時が過ぎて今のような時代では少し物足りなくなるところまでもよく理解できました。

正しい絶望、究極の絶望に触れたことがない限り、絶望のみで留まってしまい、そんな中途半端な絶望だからこそ中途半端な希望をもたらしてしまうことまでも確認。

希望だけがある。

そういえる令和哲学が案内する究極の絶望とは、素晴らしいものだと思います。また、実存についても。文字通り次元が違う。

Noh Jesu氏の解析力。
ぜひ確認してみて下さい。

読んで下さってありがとうございます。宜しかったら別の記事もお読みください。

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