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AI時代。人間は選択を迫られる

ディープラーニングによって飛躍的に進化したAI(人工知能)は、限られた範囲の中では極めて高いパフォーマンスを発揮して囲碁や将棋などある職業のプロを上回るところまで来ています。人間がやってきた仕事の大半はAIがより上手に手掛けるようになります。

AI時代から心の時代へ。今、人間は選択をする時ではないでしょうか?

1.進化したAI

AIはディープラーニングで進化しました。
文字通り進化です。

地球生命がアメーバから進化した説がありますが、初期の生命は未だ目を獲得していませんでした。目という器官も機能も、地球生命の進化の中で生命が獲得したものです。

長い間、目がなかった時期があります。
目を獲得した頃から劇的に変わります。

カンブリア爆発と呼ばれている時期、その前後では地球生命の大進化は短い間に劇的に変化したと言います。その爆発は、宇宙Bigbangに因んで生命のBigbangとも呼ばれている程です。

2.目を獲得したAI

そのイメージを借りる人がいます。
AIは目を獲得した、と。
ディープラーニングによって。

実際、目を獲得してからのAIの認知能力は非常に高くなり、人間の誤認知率と変わらないか、AIの誤認知率の方が低くなっているというデータも紹介されていると聞きます。

人間の目よりも性能の良いAIの目。

特化した分野では、既に記憶力や判断力なども人間のそれを上回っている状況があり遂に、機械たちは目を手にします。

3.5感覚を獲得するAI

この延長は想像できますね。

やがては、耳を手に入れ音声認識の精度や翻訳機能が充実し、ドラえもんの翻訳こんにゃくと変わらない商品技術が完成することでしょう。また、鼻を手に入れ、舌を手に入れ、皮膚を手に入れる時が想像されます。

5感覚を手にする機械です。
関節も手にすればどうでしょう。

4.それはAIか、人間か

外観は完全に見分けがつきません。また、情報データの入出力も人間のそれとほぼ変わりません。その時、機械・ロボットのそれを本当に、人間ではないと見抜けるでしょうか?何を質問しても、人間らしい返答が返ってくるとき・・・それを人間ではないと見抜くことは至難の業かも知れません。

現に、人間にとってはそれが植物であっても、動物であっても、たまごっちであっても、aiboであっても、愛する対象に成り得るし、愛して欲しい相手に成り得ます。

5.機械の特徴。だが同時に・・・

機械の特徴を挙げます。

  1. 覚える
  2. 判断(〇×)する
  3. 繰り返す

他にもあります。
簡潔ではこのようなところ。

6.機械と同じ人間

では、人間はこれをやらないでしょうか?

もしあなたが、覚えることから初めて、〇×判断を行い、同じことを繰り返しているのであれば、それが教育ならその教育は機械が余程に上手にこなしますし、それが作業なら余程に上手にこなしますし、それがライフスタイルなら余程に上手にこなしてくれます。

このことの意味を考えたいところです。

実は人間生活は機械的であった。
そういうことです。

7.機械的な生き方

機械的な生活は全て機械がこなします。AIが目を手にしただけで、プロ棋士たちは囲碁も将棋も負けました。脳を手にした訳ではありません。未だ、目を手にしただけです。

優れた目がプロ棋士を負かします。
この先、機械的な人間は負けます。

良い悪いではありません。
効率化に走る資本主義社会ではそうなります。もっというと、社会が物質的であり機械的であるなら、その社会はAIが担います。

覚える
判断する
繰り返す

そのような文明社会はAIが余程に上手くこなしてくれます。便利だから人間は受け入れるでしょう。今までと寸分たがわず、寧ろより精密で手早く。

8.選択。ライフスタイルの変化

ですから選択のときです。

今、AIが社会に浸透していく流れを止めることはできません。そもそも、文明社会が望んでおり、1人ひとりの無意識も望んでいるからです。

ただ、1人ひとりの意識はどうでしょうか?

機械に配慮されるほどに優しければ問題ありませんが、今のところその兆しはなさそうです。何故ならば、社会と機械は別物ではなくて、機械的な生き方をしているという点で非常に似ているし、寧ろ全く同じ機能だからです。

人間が変わるときです。

機械のことは機械に。
AIのことはAIに。

任せましょう。

9.シブい質問

人間とは一体なんでしょうか?
人間を追求するときです。

人間らしい人間の生き方とは何でしょうか?
人間は今、選択を迫られているときです。

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nTech

観点の問題に気付かせてくれる数学 物理学

観点の問題を知らないままで幸せになろうとするのはナンセンスです。観点によってイメージが生まれ、かんてんによって感情や思考、そして表情、言葉、行動として表れ、その結果、人間関係や組織を作るからです。

観点の問題に気付かないということ。
それはあなた自身に気付かないのと同じ。

観点の問題に気付くことは容易ではありません。それは観点が目で見ることが出来ず認知していないからです。

認知しているものに気付きます。
問題だと思えば変化できます。

ですが、非認知だとどうでしょう?

問題だと思い難いです。
問題と思わないので変化もしません。

認知できない観点について、その存在を薄っすらとでも仄めかしてくれるのが数学であり物理学です。

物理学とは何でしょうか?

最先端の宇宙物理学に知恵を借りると分かりやすいのですが、「この宇宙(人間あるいは私)は何でできているのか」「この宇宙は(人間あるいは私)はどこから来たのか」という問いをもち、分析することを通して答えに到達しようとします。

水1滴を分けて水分子を発見します。
水分子を分けて原子を発見します。

そのように、素となる新しい粒子を発見することを通して全体像を知ろうとしています。そうしながら、素粒子を発見し、数学の対称性という概念を借りて、仮説段階ではあるがひもや膜を想定しています。

一見すると新素材の発見です。
ところが深く洞察すると違います。
実は観点が移動しています。
観点を後ろに引いていく作業。

観点を動かすから見える景色が変わる道理。
nTech令和哲学からはよく分かります。

数学の手を借りて物理学が到達している最終的な回答。今はそこまで到達しています。ただ、どのように解釈して良いのかが分からず、また実験などで確認できないために本当に信じて良いのかも分からず、更には実生活に活用できないとして、まだまだ途中段階にあると学者たちは見ています。

nTech令和哲学は明確です。
観点の問題を発見しているから。

数学と物理学が仄めかしてくれているのは、観点を移動しているという点。では、そんな観点はどこから来たのか、そして何ゆえに観点が生じるようになったのか、ということ。

数学と物理学の最終的な解答は、その先の哲学の領域へ突入するタイミングだということ。そしてその哲学とは、現代に登場する哲学であり、時代の哲学となるべき哲学であり、全ての問題を整理整頓し得る究極の問題を発見している哲学のこと。

nTech令和哲学はそこに貢献します。

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その他

絶対はない。完全はない。完璧はない

本当は日本にとても相性が良い概念です。絶対、完全、完璧、、、これらは真に日本らしい日本であり同時に、美しさでもあります。感動を伴います。全世界を感動させ、全人類が涙を流すと言っても過言ではないほどに美しい世界。

それが絶対、完全、完璧です。

nTech令和哲学による文明歴史の解析ではプレート理論を多用します。

神や王様の観点1個だけを使って全てを整理整頓していた全体主義の時代を離れて、個人1人ひとりの観点を全て大事にしようとなった観点∞個の個人主義の時代に突入してから今まで、徐々に広がっていった概念があります。

それがタイトルに書いたもの。

絶対はない
完全はない
完璧はない

全体主義を離れた個人主義から見たら、これはとても良いことですし、人の好感を得やすいでしょう。全体主義を窮屈に思い、その時の不自由さを知っているからです。

一方で。

この様な主義主張が飛び交うことで逆に、気付かないうちに問題が徐々に広がっていきます。最初は大ヒットであったこうした主義主張にも賞味期限があります。

そのことをご存じですか?

今まさにそのピークに来ているからこそ、映画「JOKER」のような状態であったり、AIの登場やCovid-19の猛威によって全世界が混沌としています。

絶対はない
完全はない
完璧はない

ある意味ではそうですが、それでは一体どうしてそのように言えるのかという根拠は何でしょうか?そして、何ゆえに主義主張が溢れすぎることで、別の問題が次々と生まれて収集がつかなくなるというのでしょうか?

そのことを理解しておけば。
進みそうな気がしませんか?

今も生まれ続ける問題。
混沌が長く続いている今。

絶対はない
完全はない
完璧はない

と、そのように言える根拠を理解するところから一歩、前に進むと宜しいかと思います。

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nTech

今の時代、令和日本で、モデルらしい個人のモデルとは?

nTech令和哲学の観点から文明歴史を整理整頓するときに大変便利な道具であり概念がプレート理論です。大陸を支えているプレートの存在があるように文明歴史を支えている存在がプレートです。

プレート理論から見る個人のモデルとは?
一体、何なのでしょうか?

1.今の時代、令和日本は

今の時代と言えば、AI時代です。
人間代行者が登場してきます。

そして、Covid-19でしょう。
体と経済と心を同時に襲います。

そしてもう一つ。
令和の幟が立っている令和日本。

世界の知性が右往左往する中で、リーダーシップ不在、方向性喪失が明らかとなり、文明の根幹が揺さぶられている今の状況そして令和日本。

モデルらしい個人のモデル。
どのようなものでしょうか?

2.プレート理論。nTechが解析する歴史文明

nTechで頻繁に活用するプレート理論は、文明歴史を3つのプレートで大きく見ます。

過去、現在、未来。
そう置き換えても良いです。

過去。かつては神や王様を中心とする農業社会のプレートがありました。このときは神・王様の観点だけで全てを整理整頓していましたので観点が1個の時代ですね。

俗にいう全体主義の時代です。

全体主義で大ヒットしたこともありましたが、やがては賞味期限が来ます。天動説から地動説へと転回したことで天地がひっくり返りました。

それで個人主義の時代です。

世界中が個人主義に走る中で日本はようやく全体主義へと舵を切りましたが、日本が世界と違ったのは全体主義を完成させた点にあります。

ただ、大局的には個人主義に敗北しますね。

それで日本も個人主義へと舵を切ります。

ところが個人主義を完成しているところは未だどこにもありません。そんな中で個人主義の悲鳴が聞こえています。

賞味期限切れです。

故に今、世界で最も求められているのは個人主義の完成と共に新しい時代プレートへと転回することです。

その仕事こそ令和日本の仕事です。

3.令和日本の仕事。個人主義の完成。共同体主義の創建

モデルらしい個人のモデル。
それはこうです。

個人主義の完成。そして次へ。
共同体主義プレートの創建。

全体主義と個人主義の限界を超えた個人1人ひとりが集まり5人一体となる5人組。その5人組がGIを完成させていく姿こそ、令和日本で見ることができるモデルらしい個人のモデルです。

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その他

観光産業が破壊された日本の次の一手は

新型コロナウイルス感染拡大と共に、経済活動が尽く破壊されています。その影響を直接、間接に大打撃として被害を被っている観光産業。日本経済を支えてきた観光産業が破壊されたのであれば、日本の次の一手を考えるときです。

産業レベルで、次の一手を考える。
一体どんな産業なのでしょうか?

1.日本経済をどう見るか?

日本経済は世界から見たら驚きがあります。国土面積も小さく、資源も乏しく、産業革命やIT革命のお膝元でもありません。

先の世界大戦でアメリカに負けたことで、悪魔の国とレッテルを貼られ、今の北朝鮮と比べても遥かに酷い国家として捉えられていました。

そこからのMade in Japanです。
これに世界は驚きます。

お金で世界を統一してしまうのではないかと思えるほどの勢いを世界は感じていました。それに脅威を感じた米国と英国が協力して、Made in Japanには勝てないので勝負の軸をモノづくりから金融経済へと変えました。経済論理では勝てないから政治論理を使いプラザ合意による力業で日本経済の土台を揺るがしています。

バブル崩壊によって日本から3000兆円のお金が消し飛んだと言いますが、それでも世界経済2位、中国の台頭があっても3位の位置を守っています。

世界で何か悲壮感漂うときにはドルや元というよりは円が買われることをご存じですか?これこそ日本経済、日本のお金に信用信頼がおかれている一つの大きな指標です。

ですから日本経済はすごい。
世界から見たときに、です。

海外に旅行したときに感じる世界の人の日本人に対する目線とは、日本経済のスゴさからも現れていたのです。

2.中心が変わった世界経済

ですが、プラザ合意、金融経済への移行の下で、IT革命とIT産業、そしてディープラーニングとAI産業が加速していくとともに、日本の製造業の落ち込みは目も当てられません。

製造業の日本企業。
世界では尽く敗北です。

勝負の土台が変わっているから。
日本企業が対応しないから。

そんな中で、アジアの技術力も高まり、人件費その他もろもろがありまして国際的な競争力を製造業に見出すのは最早無理な状況が20年ほど続いています。

3.日本の対応。観光産業へ依存

だからといって日本経済を回さないと日本国民は生きていけませんから製造業以外で支えられる産業を、と考えたくなりますね。

それが観光産業でした。

海外の人が日本に来やすくなっています。かつては北朝鮮よりも酷いレッテルであった悪魔の国というイメージを自ら完全払拭し、奇跡の国として世界に衝撃を与えています。

日本という国を見てみたい。
日本に訪れる観光客が増えます。

その観光産業に日本経済は依存するようになっていきました。ですから日本経済を支えているのは今や製造業ではなく観光産業でありました。

4.時代のプレートが変わる

新型コロナウイルス感染拡大によって、世界経済は一気に減速しました。海外ではロックダウン、日本国内では緊急事態宣言が発令され、ライフスタイルがゴソッと入れ替わる人も多いです。

実際、時代のプレートは変わっています。

オフライン中心からオンライン中心のライフスタイルへと突入していますね。大陸を支えるプレートであるように、ライフスタイルを支えるプレートが変化してしまっているのです。もう元には戻りません。変化したプレートのまま生き切るしかありません。

5.新しいプレートとは何か?日本は次の一手を模索

そこはどんなプレートでしょうか?
新しいライフスタイルは何でしょうか?

日本は次の一手を考えるときです。
ウイルス登場のときからそうです。

明かなことがあります。

観光産業へは戻れません。
製造業へは戻れません。

歴史が過去に戻らないように、日本経済の中心軸も戻ることはありません。新たな中心軸へと移行しきってしまうことです。

日本は次の一手を考えるとき。
次の一手とは何でしょうか?

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日本は製造業から離れて真のイノベーションを

令和日本です。

令和がある時の日本と令和の幟が立っていない時の日本はまるで違います。令和の幟が立たない中では日本が製造業に走るのは良かったと思います。

ですが、令和の幟が立っています。
製造業から離れる時です。

真のイノベーションに向かいましょう。

イノベーションとは何でしょうか?

それまでの旧きものを一切、振り払って全く新しい一つが登場することです。そして同時に、全く新しいその一つによってそれまでの旧きものによって得ていた恩恵の何十倍も何億倍も何兆倍も遥かに大きな恩恵をもたらしてしまうことです。

安心して旧きから離れられるというもの。
新しいものは旧いものを駆逐しません。

寧ろ全てを高めていく底上げです。

今までの旧き良きものは何であったのでしょうか?それこそ正に、Made in Japanの奇跡です。世界を感動させ一気に世界の水準を高めてしまいました。

ところが今はもう、高め切った感がありますし、製造業の中心は世界にパスして良い段階です。日本でなくて良いのです。

世界にパスとは更にどういうことでしょうか?
AIにパスするということです。

今からいち早く準備しなくてはならないのは、AIにパスしたら遥かに良くなるのですがその時に人間は何をやるのかという点。

それこそ真のイノベーションです。
旧きものを全てAIに任せて。

では、真のイノベーションに対応する具体的な産業とは一体なんでしょうか?科学技術が終焉し物質文明の出口が見えてくる時、全く新しい技術が誕生することとも繋がり同時に次なる段階の文明を築いていくことにも繋がります。

あなたはどう思いますか?
真のイノベーションとは。

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令和哲学カフェ

哲学者カントと哲学者ヴィトゲンシュタインを令和哲学から

とても偉大だと思う哲学者の紹介です。哲学者らしい哲学者であり、大きな影響を放っている哲学者であり、カッコいいと思える哲学者です。

令和哲学の観点から紹介します。
令和哲学者Noh Jesu氏は言います。

全ての哲学的な問題は簡単に理解できる。瓶鳥だよ。瓶鳥で考えたらいいの

聞けば聞くほど真にそのように思えるので是非、令和哲学カフェにて真相を確認して下さいね。

人類の宿命的課題は瓶鳥で表現できます。また、全ての哲学的な問題や命題もまた瓶鳥で表現できます。

瓶鳥は便利な道具です。
瓶鳥の中と瓶鳥の外。

このことを理解できたら十分。

瓶鳥を引用して哲学者カントと哲学者ヴィトゲンシュタインを紹介します。

哲学者カントは、人間がいる場所も、人間が考えている領域も、全ては瓶鳥の中であるということを明らかにしました。

そしてこれが大変な偉業です。

瓶鳥の中であることを明らかにするということは同時に瓶鳥の外を予感させ、次第に瓶鳥の外があることを明らかにしていることに気付くからです。

そして瓶鳥の外がスゴすぎる、と。
スゴすぎる領域を中に持ち込むな、と。

そのように言い放ちます。

令和哲学カフェではスゴすぎる領域とは真のあなた、本当の人間、心そのものであると伝えています。

カントは、そのスゴすぎる領域を表現するときに、認識形式によって瓶鳥の中の世界を見ていると明らかにすることによって真理の基準となる基準値を移動させることに成功しました。

大偉業です。

これによって、カントの前までの哲学者たちを一気に整理整頓し、カント以降の哲学者たちに大きな影響を与えました。

哲学者ヴィトゲンシュタイン。

彼もまた瓶鳥の中と外を明確に分けたカントのことをよく理解していた数少ない真の哲学者です。

即ち、瓶鳥の外が分かっていた。

言語は瓶鳥の中しか表現できないのに、スゴすぎる瓶鳥の外の領域を瓶鳥の中の言語で表現しようとしていた多くの哲学者たちを見て、それでは悩むのは当然だろうと言わんばかりに、絵で描けないことは喋るなと言い放ちながら、自らは20代の頃に哲学的な難題を全て解決したと言います。

スゴイ自信感です。

令和哲学カフェでは、言語で言い表せるのは瓶鳥の中のみに過ぎず、言語とは瓶鳥の外からもう一度瓶鳥を表すときに必要な道具が言語だと言いながら、言語の限界を補うイメージ言語の紹介をします。

イメージ言語ゆえに、ヴィトゲンシュタインが如何にすごい哲学者であったのかよく分かりました。

言語と世界を対称性で理解する。

ヴィトゲンシュタインが探していたけど見付けることに失敗した要素命題をよく見つめたことで言語の限界を補うイメージ言語を開発することに成功。

これによりヴィトゲンシュタインが為したかった新たな言語の開発、そして全く別次元の認識方式の獲得を可能にしています。ヴィトゲンシュタインは当時、当時からそのことに挑戦していたと思われますね。

哲学は数学と物理を引っ張っていく。
カント、ヴィトゲンシュタイン。

そのバトンを受け継いだ者たちが今、令和日本に次々と現れています。その息吹を感じてみて下さい。

今日も読んで下さって有り難うございました。宜しかったら別の記事もお読みください。

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Noh Jesu

映画「鬼滅の刃」とは何か?

これはただの映画ではないですね。

多くの方が指摘されるように、少年漫画の位置づけである漫画「鬼滅の刃」は、しかし少年たちだけに受けているのではなくて、年輩の世代とりわけ女性たちにも大うけしているといいます。興行収入の歴代記録を次々と塗り替えているのも頷けます。

この人気は一体なんなのでしょうか?
映画「鬼滅の刃」のヒミツとは何でしょうか?

令和哲学者Noh Jesu氏は明確に言います。
島崎はこれに衝撃を受けると共に感動します。

映画「鬼滅の刃」はただの漫画ではない。
歴代最高の学習教材であると。

今あるどんな学習教材よりも、今までのどんな学習教材よりも、遥かに価値が高くて素晴らしい学習教材だと言い切ります。

耳を傾けるとその根拠や背景に驚きます。

一体どれだけの人が映画「鬼滅の刃」を見て、映画「マトリックス」との親和性に気付くだろうか?気付くだけではなく、その解析が人類歴史、人類文明とも繋がった解析となっているんですね。

つまり、映画「鬼滅の刃」と映画「マトリックス」の親和性のみならず、明治維新がどういうことであったのか、国家ブランド「Made in Japan」が如何なるものであるのか、どのようにして破壊されていったのか、世界に一番影響力をもつアメリカのヒミツとは、などなど、ここには書ききれないほどのことを添えて解説を入れてくれているんです。

まだあります。

哲学とも。
つながる。

えーーーーっ!?

本記事を読まれているあなた。
もし映画見ていたなら考えて欲しい。

哲学者「カント」「ニーチェ」「ドゥルーズ」と映画「鬼滅の刃」それから映画「マトリックス」をつないで話すことが出来ますでしょうか?

もちろん、数学や物理とも親和性高いものとしての解析を入れてくれていますよ。何せ、真の哲学は数学や物理を引っ張っていくもの。哲学を引き合いにする時点で、数学や物理に矛盾があってはいけません。

あなたの周りにはいるでしょうか?
あなたが知る知識人はどうでしょうか?

これは世界どこを見渡してみてもいないであろう独特な解析、それでいて人間でいることの素晴らしさを明らかにしてくれる内容に惚れこまずにはいられません。

映画「鬼滅の刃」の解析。
令和哲学者による解析。

彼が語るならこうなります。

歴代最高の学習教材だ!

本日も読んで頂いてありがとうございました。宜しければ別の記事もお読みください。

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何ごとも自分ごとで思えたなら

AIを自分ごとで思えること

これはとても有り難いことだと思います。AI(人工知能)を自分ごとで捉えられること。AIに限りませんが人は多くの社会問題や技術そして情報知識を自分とは関係のないことだと捉えることが多いものです。

それを自分ごとで捉える。
どういうことでしょうか?

自分ごとで捉えるとは簡単なことではありません。地球環境汚染が如何に深刻であるのか、いじめや暴力が横行していることが大問題であるのか、そのことに胸を痛めたとしても、毎日の行動はそう簡単に変わらないものです。

明日から何をしますか?
その時から変わりますか?

多くの人は、意識が変わったり行動が変わるということはないのだろうと思います。

自分ごとで捉える。
それがどういうことなのか。

その一端が垣間見えるのではないでしょうか?とても難しいものを背負い、人によって現象は様々ですが、責任感の重さを感じたり、ストレスやプレッシャーに押しつぶされたり、やらされてる感覚になったり、どんなに頑張っても変化が見られないことで意欲が削がれ、意味価値を感じられず、虚無に向かうことかと思います。

やり続けていても成果が見えない。
そのようなことが多すぎますね。

一つの問題を取り上げてもそうです。ですが今や問題は他の問題と繋がっており、お互いに変な絡み合いがあって、それだけなら良いのですが変に連携連動が起きていることで、簡単に解けません。

まさに糸の絡み。
簡単に解けません。

だからこそ。

自分ごとで捉えること。
諦めたくなるものです。
考えないようにします。
切り離すかも知れない。

それらは当然のことで、当たり前なことなのでしょう。それでも暗いのは嫌だということで、切り離した後にはスッキリしておりたいし、明るくありたいので、その他の良いところを見ようというのです。

自分ごとで捉えることは、
とても重苦しいもので、
悩みや苦しみが増えます。

ただ、それはある条件の下でそのようになっているということも多くの人は気付いていません。条件の下で自然にそのようにセットされるということを分かる人にとっては、その条件を解除すれば全く違う条件をセットすることで自然に違う結果現象へと生まれ変わっていくことが分かります。

そしてそれが自分ごとです。
自分が中心となって変えていく。

自ら背負い、意欲は削がれず、重苦しいことなく寧ろ楽しんで取り組み、気付きと感動が溢れるようになります。

自分ごとですから。

誰かにやらされるとか、嫌々向き合わされるなどは一切なく、自らの力の無さを嘆くことなく、未熟を愛し、常に常に成長進化していく姿を確認し協力者が次々と現れてくる。自分ごとで捉えるとは本来、そういうことです。

AIを自分ごとで思えること。

本当はそれはとても便利なことで、楽なことで、毎日が楽しくて堪らないことです。そうしますと一体、AIを自分ごとで捉えられない理由、そしてそのような条件とは、何なのでしょうか?

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令和哲学カフェ

令和哲学カフェ2度目の出演

少し前のことですが令和哲学カフェに2度目の出演をしてきました。

大川真氏によるファシリテート。
テーマは、「存在」。
取り上げた哲学者はパルメニデス。

最初から最後まで難解でした。

マイクを振られても、一体なにを尋ねられているのか分からない時、なぜ尋ねられているのか分からない時が幾度とありました。

パルメニデスと繋げたい。

そう思っていたものの結果的に、つなげようとすればするほど難しく、発言できずにいました。

ただ、この難解さと出会ったことで
カントの素晴らしさが腑に落ちます。

勿論、令和哲学者Noh Jesu氏の解析が光った結果ですよ。彼による語らいがもたらしてくれた整理整頓です。

やはり、カントは凄い。
尊敬に値しますね。

哲学者たちの中でも群を抜いて哲学者であったろうと思いますし後世に続く哲学者たちに大きな影響を与えていたことが伺えました。

同時に、彼までの哲学者にも
とてつもない大きな影響を。

第2期に入り令和哲学カフェはまだまだ成長発展していきます。まだ見ぬ大きな進化に向けて。

世界の知がこの場に集まる。

令和哲学カフェ。
ぜひ出演してみて下さい。