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よく使う言葉。今とは?

「今という時代は〇〇だ」「今まではずっと」「今取り組んでいるところです」「今聞こえているこの音」。多くの場面で使われる言葉「今」について迫ります。

本日のテーマは、「よく使う言葉。今とは?」です。

1.言葉の定義

今という言葉。辞書を借りるところから深めていきましょう。

[名](副詞的にも用いる)
1 過去と未来との境になる時。現在。ただいま。
㋐時間の流れをとらえた瞬間。この時。「今はちょうど一〇時だ」「今は手が離せない」「今考えているところだ」
㋑近い過去から近い未来へ継続している現在の時。目下。「今は学生です」「今も変わらない友情」「桜は今花盛りだ」
2 現代。現今。今の世。「今は科学万能の時代だ」「今の若者」「今はやりのファッション」
3 ごく近い未来。もうすぐに。やがて。じきに。「今終わるから待っていてくれ」「今行きます」
4 ごく近い過去。少し前に。いましがた。さっき。「今の人は誰かしら」「今帰ったところだ」
5 さらに。そのうえ。もう。副詞的に用いる。「今一度考えてみる」「今しばらくの間」「今ひとり参ります」

出典:コトバンク https://kotobank.jp/word/%E4%BB%8A-435769
2020年6月26日参照

とても幅の広い扱いであることが分かります。便利な概念でもあるのでしょう。

2.時間の概念

時間は、時と時の間のことです。

多くの人は時間といえば、流れてるものだと捉えているのではないでしょうか?

「過去があって、現在があって、未来がある」

これはニュートン力学的なモノの見方ですが、過去から現在そして未来へと時が流れていると捉えている方が多いのではないかと思います。

この時の流れを空間を移動する存在の距離で表す先人たちの知恵により、日時計、砂時計、アナログ時計、デジタル時計などの時計という道具を使って、私たち人間は時刻を知ります。

3.時間を必要とする存在

3.1.植物、動物にとっての時間

植物にとって時間は意味はあるでしょうか?ある植物が1年間という時間を知ることで、植物にとって植物ライフはどのような変化があるでしょうか?

たんぽぽやホウレン草。

動物にとって時間は意味があるでしょうか?ある動物が四季の移ろいを知ることで、動物にとって植物ライフはどのような変化があるでしょうか?

お魚や鶏。

条件反射的な感覚で知る世界はあるにしても、認識することで質問を持ち自ら考えることでライフに変化をもたらそうとする存在。

そういう意味では、植物や動物は積極的に時間に取り組みそうにはありません。

3.2.生きる上でなくては困るものの一つ

人間ならば、取り組んでいそうです。

農業社会においては四季の移ろいを知ることや天候の変化を知ることは、今が種を撒くときなのか、収穫を収めるときなのか、人間のライフにとって非常に重要なことですね。

今は何をする時なのか知りたい。

何かをしなければ生きていけない。

人間にとっては、時間を知ることはなくては困る重要なものの一つです。時間は、人間と切り離されたものではなく、人間にとって切っても切り離せないもの。

人間は、時間を必要としている存在です。

4.どう生きるのかを知りたい

農業社会に限らず、時代が下った産業社会でも、IT社会でも、時間概念はより重要さを増しています。

もし今が、産業社会という時にいるのに農業社会の時のような概念をもったり、狩猟採集時代の時のような概念で生きようとしても、時代の中心にはおりませんし場合によっては食べていくこと、生きていくことができません。

生命活動、生存活動がありますから、生きていくには今、何をするべきなのかを知りたいものです。

それは、大きな時代の枠組みだけではなく、季節の移ろいで洋服や家電が変わったり、昼は職場にいるけど夜では自宅にいるなど居場所が変わったり、今から1時間前に考えていたことと、今から1時間後に考えておりたいことが違うなどにも言えることですね。

人間は生きていく上で今、何をするべきか知りたいものです。その時、一つ大きな参考にしたいのが時間という概念であり、今は何をするべきかという人間自身の行動変容や状態変化に生かしたいのでしょう。

時間。

それは人生のことでもあります。
そして人間のことでもあります。

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必要とする理由とは何か?

生きていると何かとこのような状況に遭遇しませんか?必要とする理由に迫られる場合、若しくは必要とする理由を活用したい場合など、色んな場面があるかと思います。

本日のテーマは、「必要とする理由とは何か?」です。

1.言葉「必要」の意味

辞書から引用します。必要とは何でしょうか?

[名・形動]なくてはならないこと。どうしてもしなければならないこと。また、そのさま。「それほど急ぐ必要はない」「必要に迫られて買う」「生活に必要な(の)品々」

出典:goo辞書

冒頭にある、「なくてはならないこと」というところを使って以下、書き綴ろうと思います。

2.隠されてることと共に必要を見る

「なくてはならないこと」とはどういうことでしょうか?ここには暗黙の了解として幾つか隠れているものを探します。

一つは、「自分にとって」ではないでしょうか?自分にとって「なくてはならないこと」です。

一つは、「心」ではないでしょうか?先の「自分にとって」というのと似ていますが、心において「なくてはならないこと」です。

一つは、「その前段階に繰り返されていること」があるのではないでしょうか?前段階でずっと繰り返している状況があって「なくてはならないこと」です。

以上、この三つと抱き合わせて「なくてはならないこと」を見るときに、それまでにずっと繰り返されている状況があって、そんなときの心の状態からしたら、自分にとっては何がなんでも「なくてはならないもの」として新たに生じます。

3.必要とする理由

必要とする理由は、そこに隠されたものが、これ以上にないほど語られたときに、誕生するものです。

参考にしてみて下さい。

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人間らしさとは何でしょうか?

AI(人工知能)が登場してから、人間とは何かに対しての質問がそれまでよりも一層、増えたのではないかと思います。また、新型コロナウイルスが登場してからも、人間とは何なのか?人生とは何なのか?という質問が溢れたのではないでしょうか?

本日のテーマは、「人間らしさとは何でしょうか?」です。

1.生命の進化

この地球上に人間が居なかった時があります。人類の誕生が500万年前だと言われていますから、500万年前より少し前には人間は地球上におりません。

その頃は動物がいました。

同様に動物が居なかった時には。
その頃は植物がいました。

生命は、植物から進化して動物、動物から人間へと進化してきたという通説がありますね。

2.人間らしさとは?

人間と比較して植物や動物にはあるのだけれども人間にはないもの、あるいは逆に、植物や動物にはないのだけれども人間にはあるもの、ということに着目すれば、それは人間らしいと言えそうです。

分かり易いのは。
人間にだけ備わっているもの。

それを探すと良さそうです。

3.植物と動物には出来なかったこと

鳥を見て、あなたは鳥は地球重力から自由だからいいなぁと思いますか?

人間だったら、一度や二度は思ったことがあるかと思います。鳥になりたい、自由に空を飛びたい、と。

ですが、少し待って下さい。
更に深く洞察します。

鳥は本当の意味で地球重力から自由になっていません。本当の意味で地球重力から自由になっているのは、人間の方です。

どんな植物でも、
どんな動物でも、

地球の大気圏外へとその身を運ぶことが出来ていません。人間だけが、月に行き、理論上は火星だろうが、木星だろうが、土星だろうが、行くことが可能です。

植物や動物は、土星の表面を観測することが出来ませんが、人間は観測することができます。

道具を使う。
人間には文明があります。

4.人間は生命活動の他に

一体どうして人間には道具を使い、文明を発展させ、地球大気圏外まで身を運ぶことが出来るのでしょうか?

人間は精神活動をしているからです。
植物や動物は、この精神が働きません。

これが人間らしい活動と言えます。
植物・動物と共通する生命活動。

その他に、精神活動を行います。

それが人間の最も人間らしいと言えるところでしょう。

5.精神活動の美しさ

「命より大事なものがあなたにはありますか?」

そのように問われたあなたは、どう答えますか?あると答えた方は、精神が立っていると言えます。

命は、生命活動。
植物と動物と同じです。

人間との共通点。

ですが、人間オリジナルの活動は精神活動。

それは生命活動では果たすことの出来なかった地球大気圏外にまでその身を置いたり、地球に居ながらにして土星の表面を観測したりするものです。

精神が立つということ。
それはこの質問。

「命より大事なものがあなたにはありますか?」

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令和哲学カフェ

正しく答えようとすると

本日も令和哲学カフェ。今日のテーマは、「不安や憤怒はどのような条件で希望に変わるのか?その条件とは何でしょうか?その理由とは」

WHT形式でした。

WHT形式については、過去blogをご参照下さい。もしくは、下に令和哲学カフェのWebサイトを案内していますので、そちらをご参照下さい。

人間は、人の話を聞けないようになっています。WHTではそのことが露わになりますが、出演者たちと令和哲学者Noh Jesu氏(以下、Noh先生)とのやり取りで、参加者たちも視聴者たちも客観的に確認できます。

ところがもし自身も出演者同様、現場に入り込もうとすると、私自身は会話についていけませんでした。

Noh先生から放たれる質問があります。
振られた出演者たちは答えます。

間は端折ります。

現場に入り込もうとして集中するのですが、遂に追いかけられなくなる時が来ます。質問に答えようとしている自分に気付きました。質問に食らいついて自分だったらどう答えるかとか、けんごになってまなみちゃんが答えるシーンでは、まなみちゃんになるというよりは島崎が答えようとするとか。

これで簡単に、話にはついていけなくなります。瞬時に気付けば変えられる余地もあろうかというものですが、過去に気付いたなら気付くその瞬間までは考えのお散歩に出かけていて、その時間だけ話を聞いていない事になります。

人間は、人の話を聞けない。
露わになりました。

この露わになることで衝撃は走りますが同時に、危機意識が沸いて、変化意志も同時に育ちます。令和哲学カフェには是非、参加してそれを体験してみて下さい。

令和哲学カフェ

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令和哲学カフェ

主義主張したことが変わる現象

令和哲学者Noh Jesu氏(以下、Noh先生)がホストを務めNoh先生のリードの下、コミュニケーションワークWHTが行われる令和哲学カフェ。

今晩は、昨晩のWHTの整理整頓と質問道場。

WHTでは、人間が如何に人の話を聞いていないのかを明らかに見せてくれます。日本人なら、誰もがこうなっていると言っても過言ではないでしょう。

その様は圧巻です。
混乱する人が続出。

ただ、人間の心理として不思議なのは、こうした一見すると格好悪いと思える現象と遭遇した時ほど、危機意識が募って人間の底力が発揮されると言いますか、本領が発揮されていきますね。

出演者の方の進化はすさまじく、
参加者たちの成長もすばらしい。

今晩は、主義主張したことが次の瞬間にはコロッと変わってしまったところが明らかにされました。

間は端折りますね。

出演者5人のうちの2人が分かり易く、自身の主義主張の土台が時間をおいてコロッと変わってしまっていることが明らかになりました。

参加者たちも視聴者たちも、皆んな一体どうだったのだろうかと気になります。きっと多くの人は、明確に気付いてはいないでしょうし、気付いてはいても漠然としていて、場に参加してみたら瞬時に突っ込みを入れれる人は少ないのだと思います。

まさに、人生とは騙す/騙されるゲーム。

その光景を目の当たりにします。

見ていると混乱します。
ですが、とても学びが深い。

場に引き込まれる感覚があり、時間が経つのが本当に早いですね毎回。ぜひ、参加されてみて下さい。

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令和哲学カフェ

令和哲学カフェ。観点に迫る。人生とは

令和哲学カフェ、本日のテーマは、観点。哲学のジャンルのうち、カント哲学を取り入れながら観点の理解を深めようとする日でした。

冒頭から衝撃的な表現が飛びます。

あなたは、人生とは何かと尋ねられたら、どのように答えますか?他の人に、同じ質問をしたら、どのように答えるとあなたは思いますか?

令和哲学カフェでは冒頭に解説があります。
観点に迫る上で人生について整理されました。

令和哲学者Noh Jesu氏(以下、Noh先生)が語る人生。それが衝撃的な表現です。

人生とは、騙す/騙されるゲーム

他の誰がこのように形容するでしょうか?
令和哲学者が語るので、深みがありそうです。

かくして、5人の出演者に投げられます。

「騙す/騙される。そのことは好きですか?それとも嫌いですか?好き嫌いを理由と一緒に答えて下さい」

それが本日のWHTの入り口でした。
間は端折ります。

WHTでは、共通点と相違点を明らかにしながら、違う意見に対して説得したり、現状では何が起きているのかを再確認しながら、Noh先生リードの下、発言が飛び交います。

人の話を聞けないことが露わになります。

島崎自身も話を聞けていないことを認知します。私にはWHTの現場自体が騙す/騙される構図に思えました。

何を磨きたいのか。
また鮮明になります。

令和哲学カフェ

参加してみて下さい。

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アイデア枯渇の時代

今、人間社会は大抵のことを経験しているように思いませんか?情報知識の共有はとても早く行われ、新しく生み出された情報知識も次々と生まれています。

ただ何故か、経済活動となると。
次第に景気は下がっていきます。

人間社会が大抵のことを経験して大勢の人たちは急速に学べる環境があるために、欲求が満たされ満足してしまいます。人間の欲求は、満たされるとその領域にはいられませんので、最早同じところでは満たされません。

お腹が一杯の時に。
美味しいものは美味しくない。

今の時代は、社会が成熟していて、最早大勢の人たちの欲求が満たされるのが早いのです。

言い換えるとマンネリです。
マンネリを打破する難しさ。

マンネリ打破をしようとしてアイデアが生み出されてきますが、大抵のことをやり尽くした感がありまして、実はアイデアが枯渇している時代です。

ですから、景気は徐々に下がります。
今、経済は点滴状態で瀕死です。

アイデアまでが枯渇している時代です。

よりもっと深いところから、何かを変える必要がある気がしてきませんか?

心の時代。
心に直接、働きかけること。

このアイデア枯渇の時代に。

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共通点を見るか。相違点を見るか。

1.脳機能上、人の話は聞けない

人間は社会的な存在。生きていく上では必ず人と人との交流が必要ですが、脳機能は人の話が聞けないようになっています。

過去に気付くことはあるでしょう。
ですが今、気付きたいものです。

2.コミュニケーションワーク「WHT」

令和哲学者が開発したコミュニケーションワーク「WHT」では、人の話が聞けないことが今、目の前で確認できて、自分自身もまるで、その映像の中にはまり込んでいることに気付く稀代のワーク。

ぜひ令和哲学カフェにて確認して下さいね。
衝撃を受けたあなたは次回も楽しむでしょう。

3.令和哲学カフェ10th

本日は、ある一枚の絵を見て、絵の共通点とは何かを語るところから始まりました。

経緯は端折ります。

今日、受けた衝撃は、共通点と相違点を同時に見ることの難しさです。

WHT出演者5人は、一枚の絵の共通点を話しますが、それぞれ違うことを言います。ホスト役の令和哲学者のリードで、出演者の内の2人を取り上げて共通点と相違点を一人ずつ話していった上で、2人は衝突が起こるのか、平和になれるのか、について考える機会がありました。

心の扱うプロのリード。
心が脳に勝つ時代。

これを映像で見せてくれるから面白いのですが、自分があの場に居て、出演者として振舞ったらどうなるだろう?ということを、画面越しにこの場で、肌で感じるから、スリルがあります。

4.どういうこと?共通点と相違点を同時に

共通点と相違点を同時に見て、主義主張と討議討論を行えたらどんなに良いことでしょうか?

普通は、同時には見れません。

共通点を見るか。
相違点を見るか。

片方だけを見ていたら、5人が集まって全く次元の違った新しい何かを生み出すことは出来ないでしょう。

脳機能上、共通点を見ることはできない上に、共通点と相違点を同時に見ることもできない更に上に、共通点と相違点を行き来してみて下さい、と。

行き来したいものです。
美しいチームプレイしたい故に。

5.次回の令和哲学カフェ

これが出来るから美しいんでしょう。
そして、令和日本はできると。

ここから始まりましょう。
今ここ目で見ちゃダメ!

次回は、6月8日の月曜日。
21:00-22:30。

令和哲学カフェ~意識をアップデートする~

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アンコンタクトの時代

新型コロナウイルスが登場して世界を騒がせています。感染症は今までにも世界を騒がせてきましたが、文明の根元から揺るがしているのがこの度の新型コロナウイルスです。

世界は次々とロックダウンをして、日本は緊急事態宣言を発令します。4月7日に緊急事態宣言を発令し、一部都市で強めの自粛要請、そして4月16日には全国で強めの自粛要請をしました。

グローバルな動きが断絶され、世界は各国の動きとなり、世界各国は国内で更に動きを制約し断絶され、全ての人の動きが制限されました。

その中で、人と人との接触が制限され、人と物との接触も制限され、あらゆる繋がりが断たれる状況が現れました。

その後、制限は緩和されます。

ロックダウンが解除され、緊急事態宣言も解除されます。動きは徐々に回復し、完全復旧を見ないものの徐々に活性化しています。

ですが、大きく変わった点もあります。

アンコンタクト。
接触を控える。

今は、繋がりが断たれた後にもう一度、繋がりが回復するという単純な話ではなく、実は繋がりが断たれた後に全く異なった時空間に突入し、全ての関係が切り離されて距離が生じるようになりました。

アンコンタクトの時代です。

オフラインが当たり前でオンラインがサポートであった時代から、オンラインが当たり前でオフラインがサポートとなる時代へ、移動しています。

アンコンタクトの時代。
不連続となった諸々。

歴史を振り返ると不連続は尊厳の破壊が起こってきました。今、方向性を誤ると尊厳が大きく破壊されてしまいます。

この時こそ、明確な方向性を。
今は、尊厳が溢れる時代です。

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日常で。何を繰り返しているのか

何か事件が勃発したとしましょう。その事件が大事件であれば、多くの人の目に触れることになるでしょうが、大事件に際して、自分自身の存在の影響はどのくらいあるでしょうか?

例えば、新型コロナウイルスが世界を揺るがしました。その影響力たるや尋常ではありません。歴史上を振り返りましても稀に見る大打撃を全世界に与えています。

そんな中で、あなた個人の影響力はどのくらいの大きさでしょうか?このように問われたあなたはどのように答えますか?

大事件に際して自分自身の存在の影響を、大きく見積もるよりも小さく見積もる人間の方が多いと直感的にあなたは知るでしょう。

ですが、深く洞察してみましょう。
本当に、そうなのでしょうか?

大事件は、実は幾つかの中事件が集まって生まれているものです。何の背景や原因が無い状態で大事件は勃発しません。

同様に次のことが言えます。

中事件は、実は幾つかの小事件が集まって生まれているでしょう。背景や原因があるからこそ、中事件として生まれるに至っています。

では、小事件も同じことが言えそうですね。

その小事件が、自分とかけ離れていれば、その延長で中事件や大事件も当然、自分自身からかけ離れるでしょう。

大事件に際してあなたの影響が小さい。
それは、小事件に関与しなかった。

そういうことでしょう。

日常のほんの些細なことであっても、ただの事物で見るのか事件で見るのかは大きな違いです。あなたが、どんなことにでも事件で見る目を持っていれば、あなたは事件を起こすことができます。

事件を認識する目。
それは体の目ではありません。

令和哲学の初歩。
今ここ目で見ちゃダメ。

いつも目で見ることを繰り返して日常を送っていれば、その日常は事件を起こすことになりません。全てが事物として自分とは分離して存在し、その存在に影響を与えることがありません。

日常で何を繰り返しているのか?
見ること、が一つ大きく占めますね。

令和哲学。
今ここ目で見ちゃダメ!